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掛川城

静岡県掛川市。二の丸御殿は貴重な重要文化財です。木造による復元天守も見所。

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 私が訪れた日はサッカー、ワールドカップのドイツvsカメルーン戦が行われたため、このような旗が天守に翻っていました。

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 掛川城は応仁の乱をきっかけに突入した戦国時代、駿河の守護大名、今川氏が遠江国進出を狙って築いた城郭です。築城当初は、城の中心が現在の天守閣のそびえる城山から約240mほど北東にある、天王山という小山にありました。古城跡には現在も巨大な堀切が残っており、山頂には当時の藩主が徳川家光を祀った霊廟があります。

古城跡に建つ徳川家光の霊廟
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やや傾き気味の写真で恐縮ですが…小さいながらも立派な建物です。

 城が現在の位置に移ったのは永正十(1513)年以降で、漸次、改修、移転を図ったといわれています。移転の理由は良くわかりませんが…。

 しかし、室町以来、栄華を誇った名門、今川氏も氏真の代に至って没落。永禄11(1568)年、武田信玄と徳川家康の攻撃を受けることになります。今川氏真は掛川城に籠城して徳川軍と戦いました。このとき、徳川家康は古城跡を本陣に据えたそうです。結局、氏真は家康と和議を結び、関東の北条氏を頼って掛川城を落ち延び、これによって戦国大名としての今川家は滅亡します。

 掛川城を占領した徳川家康はその後、これを拠点に武田氏と交戦を続けることになります。徳川氏による掛川支配は天正18(1590)年の豊臣秀吉の命による家康の関東移封まで続きました。

 家康が去った後、掛川城主に5万石を与えられてやってきたのが、秀吉の家臣、山内一豊です。一豊は掛川城に天守閣を造営し、石垣を使用するなど、近世城郭としての大改修を行いました。現在の城山に残る遺構は、構造は今川時代のものを踏襲していると思われますが、復元、あるいは残された建築物は山内時代の名残を強くとどめています。

 城は山頂に外観三階、内部四階建ての天守が建ち、天守入り口脇に付け櫓が伴う形式で、初期天守閣に多く見られる形状です。最上階には高欄が廻っています。江戸時代後期にはこれを室内に取り込んでしまったそうです。

 天守が建つ山頂部分は敷地が狭いので、その一段下を本丸として御殿を造営、更に二の丸、三の丸と下っていきます。こじんまりとした山ですが、随所に堀も掘ってわずかな兵力で戦えるように防備に気を配っています。徳川家康が手を焼いたのも納得できますね。

 山内一豊は関が原の戦いで功を上げ、土佐22万石へ加増移封され、以来、掛川城主には徳川譜代大名が赴任し、明治維新を迎えることになります。

 城郭は地震や火災でたびたび被害を受けますが、その都度、旧観を模した修復が行われたようで、近年に至って、山内時代の天守閣も復元されました。二の丸御殿は江戸後期の建築で重要文化財に指定されています。江戸時代の大名の住居をじっくり見ることが出来、一見の価値があります。

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 これまた、写真が傾きがち(苦笑)。
 手前が復元された大手櫓門で、その向こうにあるのは番所で、こちらは江戸期当時の遺構。
 立派な鯱の上がった櫓門ですが、屋根が瓦葺であるのに対し、庇が桧皮葺で仕上げられている点が、古式な手法であることを窺わせます。

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 現存遺構の一つ、太鼓櫓(二階建て部分)とそれに続く多聞櫓。多聞櫓には格子窓や銃眼などは見られず、防衛施設というより倉庫のような印象を受けます。
 実際は別の場所にあったもので、本丸の荒布櫓跡に移築されています。そのため、石垣が余ってせり出しているような不自然な形で建っています。

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 重要文化財の二の丸御殿で、上の写真は天守閣の脇から見下ろしたもの。手前に連なる屋根が書院をはじめ、藩主の居所で、その奥右側が玄関で、左に政庁として役宅として使用された部屋が連なっています。役所兼官邸として考えると、ちょっと手狭そうですね。

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 藩主が訪問者を引見した書院の上段の間です。

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 天井写真を二種。
 上は藩主の寝所の天井で一段せり上げた上に家紋が彫ってあります。私も藩主になった気分で寝転んで撮影しました。
 下ははっきり覚えてないのですが、賄い方の納戸とか役所部分の吹き抜け天井です。梁が意外に細い…これが大藩の御殿だと極太の良質な材木が使われていたりするのでしょうけど。

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 本丸から天守閣を見上げたところ。右側の塀に沿って通路があり、そこから上っていきます。

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 二の丸から天守を見上げたところ。左側、手前に向かって石落しが突出しています。

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 二の丸御殿の玄関付近から天守を見上げたところ。江戸時代の雰囲気が残る景観だと思います。

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 南東側、恐らく三の丸から天守を見て撮影したところ。左に見えるのは太鼓櫓。

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 二の丸から本丸にかけて伸びる土塁と塀。基本的に石垣は天守他、櫓台に使用されただけで、多くは土塁だったようです。

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山内一豊公・花押携帯ストラップ/キーホルダー


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