天正六年(1578)
主な出来事
1/1:織田信長、主だった家臣を安土城に招いて茶会を行う。後、家臣たちの挨拶を受け、御殿を見物させる。
2月:播磨三木城主の別所長治、織田信長から離反する。
3/13:上杉謙信が死去する。
3/29:羽柴秀吉、播磨三木城を包囲する。
4/18:小早川隆景、吉川元春率いる毛利軍が播磨上月城を包囲し、毛利輝元は備中松山城に本陣を構える。(「戦争の日本史12」)
5/5:上杉景勝勢と景虎勢、春日山城下で戦闘を開始する(御館の乱)。(「上杉景勝のすべて」)
5/29:武田勝頼、北條氏政の要請を受け、上杉景虎救援のため、信越国境に布陣する。
6/7:武田勝頼、上杉景勝と和議を結ぶ。
7月:大友宗麟がカブラル神父より洗礼を受け、フランシスコの名を授かる。
7/3:毛利軍が上月城を攻略する。尼子勝久は自害する。
7/17:山中幸盛、護送の途中、備中合ノ渡りにて斬殺される。
8/28:武田勝頼、越後から兵を引き上げる。
9月:北條氏照、氏邦兄弟が上杉景虎支援のため、越後に進出する。
9月末:北條氏照、氏邦兄弟が関東へ帰国する。
10/17:本願寺顕如が荒木村重父子に起請文を認める。
10/21:荒木村重謀反の噂が織田信長の耳に入る。
11/3:織田信長が荒木村重の謀反によって上洛する。信長、京都所司代村井貞勝を禁裏に派遣し、本願寺との講和に向けた勅使の派遣を依頼する。
11/6:九鬼嘉隆率いる織田水軍が、木津川口で毛利水軍を撃退する。
11/12:耳川の合戦 ○島津義久vs大友宗麟●
生誕
国姫(徳川信康娘、本多忠政室)
死没
3/9:萩野(赤井)直正(49:丹波黒井城主)
3/13:上杉謙信(49)
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| 上杉謙信墓所 |
5/20:里見義弘(49:上総久留里城主)
6/11:上杉景信(?:上杉家臣、古志長尾氏当主)
7/3:尼子勝久(26:出雲尼子一族)
7/17:山中幸盛(34:尼子家臣)
7/20:神吉頼定(?:播磨神吉城主)
10/22:別所治定(19:長治の弟)
12/8:万見重元(?:織田家臣)
備考・その他
・長宗我部家臣大西上野介の働きで東伊予の国人、妻鳥、石川、金子氏らが長宗我部氏に帰順する。(「戦争の日本史12」)
・肥後の相良義陽が島津氏の薩摩大口城を攻めるも、新納忠元に撃退される。
・羽柴秀吉が但馬山名氏に対し、出石郡安堵を条件に和議を持ちかける。(「人物叢書 山名宗全」)
1月:
・織田信長、禁中と近衛前久に鷹狩りで捕えた鶴を贈る。
・讃岐の十河存保が阿波勝瑞城に入り、前年討死した兄三好長治の跡を継承する。
・日向松尾城主土持親成が島津氏に帰順を申し出て了承される。
1/4:織田信長、万見重元の邸にて名物茶器の披露会を行う。
1/6:織田信長が正二位右大臣兼右近衛大将に任じられる。(「戦争と日本史15」)
1/16:吉田兼和が村井貞勝を訪ね、銭百疋を贈る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
2/3:磯野員昌(織田家臣)、逐電する。
3月:
・豊後大友義統が佐伯宗天、志賀親敦らによる日向征討軍を送り、松尾城を攻略する。城主土持親成は捕縛された後、豊後へ護送の途中に斬られる。
・織田家臣明智光秀が長岡藤孝と共に丹波に侵攻し、波多野氏の八上城を包囲する。(「戦争の日本史13」)
3/2:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
3/9丹波黒井城主萩野(赤井)直正が死去する。
3/11:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
3/13:村井貞勝が、清涼寺に禁制を掲げる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
3/15:上杉景勝、春日山城を占拠する。(「上杉景勝のすべて」)
3/24:上杉景勝、小島職鎮に自らが謙信の後継者であることを表明する。
3/26:上杉景勝が、太田資正に書を送り、謙信の死と、自身が後継者の地位に就いた事を報じる。
3/27:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
4月:
・明智光秀への加勢のため、滝川一益、丹羽長秀らが丹波に入り、細工所城を攻略する。
・佐竹義重が下野の壬生城を攻撃する。
・上野金山城の由良成繁が、上杉景虎家臣遠山康光に謙信から景虎への家督継承を祝う使者を送る。
・芦名止々斎が、上杉景虎に謙信の死を悼む書を送る。
4/2:本願寺坊官の下間頼廉、常楽寺証賢が紀伊雑賀に鉄砲三百挺を装備した軍勢の大坂派遣を要請する。(「戦争と日本史14」)
4/3:
・上杉景勝、芦名盛氏、盛隆親子に謙信の死を報じる。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
・織田信長が石山本願寺周辺で麦の苗の薙ぎ捨ての実行と、籠城の男女の投降を赦免する(僧侶など戦闘員は赦さず)高札を立てるよう、明智光秀、長岡藤孝に指示する。
4/7:織田信長、在京していた神保長住を二条城に招き、黄金百枚と縮羅織百段などを与え、越中平定を命じる。
4/9:織田信長が右大臣、右近衛大将を辞任する。
4/18:但馬国人垣屋豊続が毛利氏からの援兵と共に水生古城で織田方と合戦して勝利する。
4/22:雲洞庵、上杉景勝の相続を祝し、景勝、礼状を送る。
4/30:織田家臣佐々長秋が越中国人若林助左衛門尉に書を送り、上杉謙信死去後の北陸の情勢を説き、上杉家臣河田長親への調略の仲介を依頼する。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
5月:
・羽柴秀吉と荒木村重が上月城救援に出陣する。
・吉川元春が但馬在陣中の出雲国人古志重信に荒木村重の調略を慎重に進めるよう指示する。
・越中新川郡の二宮長恒が神保長住より知行安堵状を得る。
・下総小河の原にて、北條氏政と佐竹義重が対陣に及ぶ。(「戦争と日本史10」)
5/3:上杉景勝家臣、川隅忠清と飯田長家が春日山城内に備蓄された黄金を書き上げる。
5/5:織田信長が、村井貞勝に対して吉田兼和への知行給付を命じる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
5/6:村井貞勝が、織田信長に吉田兼和よりの贈品を披露する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
5/13:上杉景虎、春日山城を出て御館に立て籠る。
5/16:上杉景虎方の東条佐渡守が春日山城下を焼き払う。
5/17:越中国人二宮長恒、織田方の神保長住から知行安堵状を得る。
5/18:上杉景勝、坂戸城主深沢利重に書を送り、防備を促す。
5/20:上総の里見義弘が死去し、子の梅王丸と義頼(義継から改名)が後継者争いをはじめる。
5/28:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
5/29:吉川元長が
「あらき(荒木)弓 はりまのかたへ おしよせて いるもいられす 引くもひかれす」の狂歌を書に記す。
夏:土佐の長宗我部元親勢が讃岐に侵攻し、藤目、財田城を攻略する。
6月:九鬼嘉隆が本願寺包囲のための大船六隻を建造する。(「戦争の日本史13」)
6/3:村井貞勝が、柳芳軒に対して、買得相伝の地、山林、諸公事免除の権利などを安堵する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
6/4:村井貞勝が、奉行人休斎英林、村井吉次、二瀬右衛門太郎の貴布禰山違乱を止めた事を上賀茂社に報じる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
6/11:上杉景勝勢と景虎勢が春日山城から御館付近で合戦に及び、周辺を焼き払う。(「上杉景勝のすべて」)
6/12:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
6/13:上杉景勝勢が、御館周辺を焼き払う。(「上杉景勝のすべて」)
6/14:近衛前久が、山城普賢寺に1500石を与えられる。
6/29:
・武田勝頼が、越後国木田に進出し、上杉景勝、景虎の和議を斡旋する。
・羽柴秀吉が播磨三木城への攻撃を開始する。(「戦争と日本史15」)
7月:下総小河の原に布陣していた佐竹勢が、下野壬生へ移動する。北條氏政も兵を引く。
7/6:吉田兼和が、村井貞勝を訪ね、七夕の礼を受ける。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
7/8:越中国人二宮長恒、上杉景勝から知行安堵状を得る。
7/12:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
7/20:織田信忠らが播磨神吉城を攻略する。
7/21:吉田兼和が、普請場の村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
7/23:武田勝頼が、越後の山吉氏らに上杉景勝、景虎の和睦を行うために本庄繁長に書を送った旨を報じ、協力を要請する。
7/29:吉田兼和が、村井貞勝を訪ね、銭百疋を贈る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8月:
・日向石城で伊東氏旧臣の長倉勘解由左衛門らが挙兵し、島津氏に反抗する。
・織田家臣長好連(連龍)が能登穴水城を攻略する。
・北條氏政が上野に着陣し、弟氏邦を越後上田に侵攻させる。
8/3:
・吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
・村井貞成が、法念寺での違乱を停める。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8/9:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8/10:
・万見重元、陸奥の南部政直の使者を饗応する。(「信長と消えた家臣たち」)
・織田軍が播磨志方城を攻略する。
・下総結城晴朝の仲介で、常陸の佐竹義重と陸奥白河結城義親が和睦して起請文を交換する。
8/11:吉田兼和と高倉永相とが、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8/15:安土で相撲が興行される。
8/22:上杉景勝、故柿崎景家の遺臣の戦功を賞し、孫の憲家を取り立てる。
8/29:上杉景勝、武田勝頼に和議の御礼の使者を発す。
9月:
・豊後府内から田原紹忍率いる日向征討軍が出陣する。大友宗麟はカブラル神父や二名の修道士らを伴って臼杵から船で日向に向かう。
・島津義久が日向石城攻略のため、野尻に出陣する。
・北條氏邦が越後坂戸城を攻撃する。
9/8:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/14:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/18:村井貞勝が、禁裏より鴨を賜る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/19:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/22:吉田兼和が、村井貞勝を訪ね、明日の織田信長の上洛について話をする。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/24:勅使が村井貞勝を訪れ、織田信長の上洛について珍重であるとの由を伝える。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/25:吉田兼和が村井貞勝を訪ね、織田信長への礼について訪ねられるも、明日は南方への出陣の為、礼は無用であると答える。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/27:
・織田信長が、堺に向けて近衛前久、細川昭元、一色満信を供に連れ、京都を発つ。
・武田勝頼の援兵が妻有に到着する。
9/28:村井貞勝が、吉田兼和に対して、大水で破損した山中路の普請を命じる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/30:
・織田信長が、堺に入り、九鬼嘉隆が建造した大船を検分する。
・吉田兼和が、村井貞勝に山中路の普請免除を懇請されるも、これを却下する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9月末:島津軍が日向石城を攻略する。
10月上旬:島津義久が、鹿児島に帰陣する。
10月:上杉景勝が、妻有の小森沢政秀に対し、黄金二十枚を送る。
10/1:勧修寺晴豊ら公家衆が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/3:
・本願寺顕如が三河門徒に兵糧の補給を要請する。
・村井貞勝が、織田信長の二条邸に植える杉を諸所に徴発する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
・勧修寺晴豊ら公家衆が、村井貞勝を訪ね、明後日相撲会の開催を告げられる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/4:越中月岡野の戦いで、織田方の神保長住、斎藤利治らが上杉方の河田長親らを破り、今和泉城を攻略する。
10/7:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/8:村井貞勝が、完了した山中路普請の様子を確認する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/12:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねるも、貞勝が湯治で留守のために引き返す。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/17:本願寺顕如が荒木村重父子に起請文を認める。
10月下旬:田原紹忍率いる大友軍が日向高城を包囲する。
10/22:三木城の別所勢が平井山で包囲する羽柴勢を攻撃するも、撃退される。別所方は長治の弟治定が討たれる。
10/28:上杉景虎が、赤川新兵衛尉および一揆中に対して、忠節を尽くせば望みの地に道場を建立する事を条件に蜂起を命じる。(「戦争と日本史14」)
11月:耳川の合戦後、肥前龍造寺勢が筑後に侵入し、蒲池鎮並、田尻鑑種ら有力国人衆を大友氏から寝返らせる。
11/3:島津義久、日向佐土原に着陣する。
11/4:
・村井貞勝が、織田信長の使者として禁裏に行き、本願寺との和睦の調停を依頼する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
・大納言庭田重保と中納言勧修寺晴豊が勅使として本願寺に織田信長との和解を勧める。
11/9:織田信長、京都を出陣し、摂津国に向かう。
11/10:織田信忠らに率いられた織田軍が摂津に着陣する。
11/11:島津忠平が大友方松山陣所を焼き討ちし、島津義久は根白坂に布陣する。
11/16:荒木村重配下で、摂津高槻城主の高山重友が、織田信長に降伏する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
11/22:村井貞勝が、曲直瀬道三にへの地子銭を免除する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
11/24:荒木村重配下で、摂津茨木城主の中川清秀が織田信長に降伏する。
11/28:堀秀政、万見重元ら有岡城近くの甲山にいた百姓を悉く斬り捨てる。
12月上旬:
・筑前の秋月種実が大友氏に反旗を翻し、彦山座主舜有の館を焼き討ちする。
・越後に在陣していた北条勢が撤退する。
12月:
・島津義久が将軍足利義昭の側近一色昭秀と真木島昭光に書を送り、来年を期して、毛利、龍造寺氏と申し合わせて大友氏を討つつもりである事を伝える。
・秋月種実が筑紫鎮恒と共に大宰府に出陣し、大友家臣高橋紹運の立て籠もる宝満、岩屋城を攻めるも、攻略はならず。この時、秋月勢によって大宰府天満宮宝殿が焼かれる。
12/8:織田軍が有岡城を総攻撃するも、攻略ならず。万見重元が討ち死にする。
12/15:村井貞勝が、北野天満宮から「のし代」を受ける。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/17:
・上杉景勝、上田庄に配備した深沢利重、栗林政頼に書を送り、叱咤激励する。また同所で功を挙げた登坂与五郎ら三将に対し、これを賞する。
12/21:織田信長が有岡城の包囲網を継続させたまま、自身は摂津から引き上げる。
12/23:
・上杉景勝、武田勝頼の妹、菊姫と婚約する。
・武田勝頼、上杉景勝から使者と進物が贈られて来た事に対し、礼状を送る。
12/26:村井貞勝が、上賀茂社に社領を安堵する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/28:村井貞勝が、北野天満宮より礼銭二貫文を受け取る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12月末:大友家臣田原宗亀が無断で帰国し、田原紹忍に奪われた所領の回復を要求する。






