天正五年(1577)
主な出来事
2/9:織田信長が雑賀攻略のために安土城を出陣し、上洛する。(「戦争の日本史13」)
3/15:織田信長が鈴木孫一ら雑賀衆に朱印状を発し、赦免を受け入れる。
6月:織田信長が安土城下に「近江安土山下町中掟書」を発布する。
8/17:松永久秀、久通父子が信貴山城に立て籠もり、織田信長から離反する。
9/13:上杉謙信が能登七尾城を攻略する。
9/23:手取川合戦 ○上杉謙信vs柴田勝家●
10/10:信貴山城が陥落し、松永久秀父子が自害する。
11/20:織田信長が右大臣に任じられる。
12月:日向の伊東義祐が豊後の大友宗麟を頼って佐渡原城を退去する。島津氏が日向を制圧する。(「戦争の日本史12」)
12/3:羽柴秀吉が宇喜多氏の播磨上月城を攻略し、尼子勝久、山中幸盛らを配置する。
12/23:上杉謙信、領国内諸将八十余人の動員名簿「上杉家家中名字尽手本」を作成する。(「上杉景勝のすべて」)
死没
三好長治(25:阿波勝瑞城主)
4/5:直江景綱(69:上杉家臣)
6月:山吉豊守(35?:上杉家臣)
9/15:長続連(?:能登畠山家臣)
10/10:松永久秀(?:信貴山城主)、松永久通(35:久秀の子)
備考、その他
・日向県の国人土持氏が薩摩の島津氏に呼応して伊東氏を攻撃する。(「戦争の日本史12」)
・肥前諫早の西郷氏が龍造寺隆信に起請文を送り、その配下となる。また、肥前武雄城の後藤貴明と和睦し、子の家信を養子に入れる。
1月:安房里見家臣の正木憲時が上野の北条高広、景広親子に書を送り、上杉謙信の関東への出馬を要請する。(「戦争と日本史10」)
1/10:村井貞勝が、禁中より酒饌を賜る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
1/23:足利義昭の家臣真木島昭光が、伊予河野氏に水軍の動員を命じる。(「戦争と日本史14」)
2月:
・伊予黒瀬城主西園寺公広が小早川隆景に土佐長宗我部勢の侵入による混乱を訴え、国主である河野氏への助言を依頼する。
・紀伊根来寺の杉の坊と三緘衆が織田信長に帰参する。(「戦争の日本史13」)
・畠山貞政が紀伊の雑賀、根来衆と結んで織田信長に対して挙兵する。
・安房の里見義弘が、上杉家臣直江景綱、柿崎景家に書を送り、上杉謙信の関東への出馬を要請する。
2/1:村井貞勝が、法華宗の真俗に対し、勧進を免許する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
2/7:高倉永相、飛鳥井雅敦が村井貞勝を訪ね、御料所の代官が交替した旨を報じる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
2/13:織田信長が京都を出陣する。
2/16:織田信長が和泉香庄に着陣する。
2/22:織田信長が和泉信達に着陣する。
2/26:近衛前久、薩摩から帰京する。
2/27:村井貞勝が、本願成就院に若宮八幡宮社頭の造営を促す。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
2/28:織田信長が淡輪に布陣、織田軍が紀伊中野城を攻略する。
3月:
・織田信長が讃岐塩飽衆に塩飽船の堺への航行を認める朱印状を発し、毛利方からの離反を促す。
・阿波勝瑞城の三好長治が茨ヶ岡城の細川真之を攻めるも、反撃を受けて討死する。
・明智光秀が雑賀衆との停戦の監視のために和泉佐野砦の在番する。
・北條氏照が下野榎本、祇園城に普請工事を行う。(「戦争と日本史10」)
3/1:
・織田軍が紀伊雑賀城を包囲する。
・足利義昭が吉川元春、小早川隆景に御内書を発し、雑賀救援を命じる。
3/12:村井貞勝が、洛中の町民を使って禁裏の築地を修築する。天皇、公家たちが、その様子を見物する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
3/14:村井貞勝が、禁中より築地修築についての礼を受ける。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
3/29:村井貞勝が、禁中より新たな築地の建築を命じられる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
4月:下総の結城晴朝が常陸の佐竹義重と同盟を結ぶ。
4/6:村井貞勝が、新大典侍より物を賜る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
4/9:村井貞勝が、誠仁親王より饅頭を下賜される。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
4/13:村井貞勝が、禁中に獅子舞の興行を要請する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
4/26:村井貞勝が、禁中に女房舞の興行を要請する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
6月:
・本願寺顕如が武蔵、相模、三河、越後の門徒に兵糧の斡旋を依頼する。
・大和多聞山城が破却され、建築物の一部が近江安土に移築される。(「戦争の日本史11」)
7月:
・毛利家臣冷泉元満が讃岐元吉城に入る。
・北條氏政が下総結城氏の和歌城を攻撃する。
7/7:京都四条橋の修理が完了し、供養を行う。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
閏7月:
・讃岐国衆が冷泉元満ら毛利軍が在番する元吉城を攻めるも、退けられる。
・上杉謙信が能登に向けて出陣する。
・北條氏政が下総結城城を攻撃する。
・芦名氏の支援を受けた白河結城義親が佐竹勢を撃破し、旧領を回復する。佐竹勢は赤館まで撤退する。
閏7/3:村井貞勝が、大和多聞山城を破却し、帰京する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
閏7/5:甲斐武田氏が郷村に動員をかける。郷村側は人夫を雇って派遣する。(「雑兵たちの戦場」)
閏7/6:
・織田信長が、京都二条の新邸に入る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
・村井貞勝が、公家衆に織田信長の上洛に際して、出迎え無用の意向を伝える。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
閏7/11:織田信長が、3~4月に修理が行われた禁裏の築地を検分する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
閏7/17:勧修寺晴豊、中山孝親、庭田重保、甘露寺経元ら公家衆が村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8月:下野の小山伊勢千代丸(秀綱の子)が、伊勢神宮に自らの旧領復帰を祈願する。
8/1:勧修寺晴豊、中山孝親、庭田重保、甘露寺経元ら公家衆が村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8/6::中山孝親が村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
8/8:織田家臣柴田勝家率いる軍勢が能登七尾城救援のため、越前北の庄城を出陣する。
9月:
・七尾城を攻略した上杉勢、討ち取った長続連一族の首を松任に晒し、織田軍の戦意を削がんとするも、長連竜が「これは我が一族の首ではない」と言い、動揺する織田勢を鎮めたという。(「定本常山紀談 上」)
・大友氏が毛利氏攻略のため、龍造寺氏を赦免する。
・佐竹義重が下野小山へ侵攻するも、北條方に退けられる。
・上総佐貫近くの海上で里見、北條水軍が海戦を行い、北條方が勝利し、敵船三艘を奪う。
・上総長南、池和田の武田豊信が北條氏政に屈服する。
9/3:村井貞勝が、小畠左馬進に、四条橋普請の夫丸を命じる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/6:吉田兼和が、二条邸普請中の村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/10:柴田勝家ら織田家臣団が連署で織田信長側近の堀秀政に書を送り、能登方面の戦況を報告する。
9/14:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/15:七尾城内で親織田派の長一族が遊佐、温井氏らに殺害される。
9/20:吉田兼和が、二条邸普請中の村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/26:村井貞勝が、吉田兼和に使者を派遣し、二条邸普請のための人足派遣を依頼する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/29:
・二条邸の普請が完了する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
・吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/1:明智光秀らが、大和片岡城を攻略する。
10/5:織田信長の命により、京都六条河原で松永久通からの人質、男子二人を斬る。
10/6:吉田兼和が、村井貞勝を訪ねる。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/11:吉田兼和が、村井貞勝を訪ね、松永久秀討伐の件などについて話を交わす。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
10/23:羽柴秀吉が播磨平定のため、京都を出陣する。
11月:常陸の佐竹氏と陸奥の芦名氏が和睦する。
11/11:村井貞勝が、梅津長福寺に対して門前が守護不入、臨時課税免除の地であることを確認する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
11/19:村井貞勝が、吉田兼和に対し、織田信長から雁の贈呈があることを伝える。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12月:
・日向野尻城の福永丹波守が島津氏に内応し、島津家臣上原尚近が野尻城に入り、島津忠平が日向佐土原に向けて進軍する。
・下総の結城晴朝が、下野の宇都宮広綱の次男(朝勝)を養子に迎える。
・上総の里見義弘が北條氏政と和睦を締結する形で屈服する。





