元久二年(1205)
主な出来事
6/22:畠山重忠が、謀叛の疑いで誅殺される。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
閏7/19:北条時政が鎌倉を退去し、伊豆北条に隠居する。
死没
6/22:畠山重忠(42:鎌倉幕府の御家人)
閏7/26:平賀朝雅(?:鎌倉幕府の御家人、京都守護)
備考、その他
・源頼家の遺児公暁が、鶴岡社務尊暁に入門する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
6/22:畠山重忠が、謀叛の疑いで誅殺される。
7/8:畠山重忠討伐に関する恩賞の沙汰が行われる。
7/22:畠山重忠討伐に関する恩賞の沙汰が行われる。
閏7/19:北条時政が鎌倉を退去、出家して、伊豆北条に隠居する。
閏7/26:北条義時の命により、京都守護平賀朝雅が誅殺される。
12/10:権大納言坊門信清の娘が、将軍源実朝の正室として鎌倉に到着する。





