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参考文献


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治承四年(1180)

主な出来事
・畿内、西日本が旱魃に襲われる。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
2月:言仁親王が即位する(安徳天皇)。(「戦争の日本史6」)
4/9:以仁王が、清盛一門打倒を呼びかける令旨を発する。以仁王の使者として源行家が京都を発つ。
5/21:源頼政、平氏に謀反し、園城寺に入る。
5/26:宇治川合戦 ○藤原景家、藤原忠清vs以仁王、源頼政●
6/2:後白河法皇、高倉上皇、安徳天皇が福原へ行幸する。
8/17:源頼朝が、伊豆で挙兵する。
8/23:石橋山の合戦 ○大庭景親、伊東祐親vs源頼朝●
この日、三浦義澄、和田義盛が酒匂川に到着するも、雨による川の増水で渡河を断念する。
8/28:源頼朝が、真鶴から海上に脱出する。
8/29:源頼朝が、安房国平北郡猟島に到着する。
10/7:源頼朝が、鎌倉に入り、鶴岡八幡宮を参拝する。
10/20:富士川合戦 ○源頼朝vs平維盛●
11/26:平清盛、安徳天皇と共に京都に入る。
12/28:平重衡、奈良に攻め込み、東大寺、興福寺を焼き払う。

死没
源希義(頼朝弟:31)
5/26:以仁王(30)、源頼政(77)、仲綱(頼政嫡男:?)
8/24:北條宗時(?:北条時政嫡子)
8/27:三浦義明(89:相模三浦郡の武将)
10/14:橘遠茂(駿河国目代:?)
10/26:大庭景親(?)

備考、その他
2月:言仁親王が即位する(安徳天皇)。(「戦争の日本史6」)
3月:高倉上皇、厳島に行幸する。
4/9:以仁王が、清盛一門打倒を呼びかける令旨を発する。以仁王の使者として源行家が京都を発つ。
4/22:安徳天皇の即位式が紫宸殿にて執り行われる。
4/27:源行家が、伊豆の北條館に到着する。源頼朝、以仁王からの令旨を披見する。
4/29:京都でつむじ風が起こる。
5/10:平清盛が入京する。
5/11:平清盛が福原に戻る。
5/15:以仁王の身分の剥奪と土佐への流罪が決まるも、王は館を脱出、園城寺へ逃れる。
5/16:平氏、園城寺に以仁王の引渡しを求める。
5/17:朝廷が園城寺に使者を派遣して、以仁王の引渡しを求める。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
5/18:園城寺が、延暦寺と興福寺に牒を発し、打倒平氏への協力を求める。
5/21:源頼政が、平氏に謀反し、園城寺に入る。
5/25:天台座主明雲が延暦寺に入り、園城寺攻撃を説得し、平氏支持、園城寺討伐を決定する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
5/26:宇治川合戦 ○藤原景家、藤原忠清vs以仁王、源頼政●
6/2:後白河法皇、高倉上皇、安徳天皇が福原へ行幸する。
6/19:京都の三善康信より源頼朝の元へ、以仁王と源頼政の謀反の鎮圧と頼朝の奥州行きを勧める使者が来る。
6/24:源頼朝が、挙兵にあたって東国武士に参陣を求める使者を送る。
6/27:源頼朝が、都から戻ってきた三浦義澄、千葉胤頼と対面し、挙兵への加勢を依頼する。
6/29:源頼政に代わって平時忠が知行国主に、時忠の猶子、時兼が伊豆守に、現地の目代に山木兼隆が任じられる。
7/10:安達盛長、頼朝に波多野義道、山内首藤経俊が召集を拒否した旨を報告する。
8/2:大庭景親、伊豆に向けて都を発つ。
8/4:藤原邦通が作成した山木兼隆の館の見取り図が頼朝に披露される。
8/6:源頼朝、挙兵を17日に決める。
8/11:佐々木秀義が頼朝に大庭景親の下向を報告する。
8/12:源頼朝、岡崎義実、義忠に動員令を発する。
8/13:佐々木定綱、頼朝の使者として、渋谷重国の館に向かい、参陣を求める。
8/17:源頼朝が、伊豆で挙兵する。
8/20:源頼朝が、伊豆国を出て相模国土肥に至る。
8/22:三浦義澄、和田義盛が頼朝と合流すべく、三浦を出陣する。
8/23:石橋山の合戦 ○大庭景親、伊東祐親vs源頼朝●
この日、三浦義澄、和田義盛が酒匂川に到着するも、雨による川の増水で渡河を断念する。
8/24:源頼朝が、杉山に逃れる。
三浦一族、畠山重忠を鎌倉由比の浦で破る。
8/25:
・大庭景親が、箱根権現を襲撃する。(「戦争の日本史6」)
・平氏方の俣野景久が富士北麓にて、甲斐武田氏と交戦する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
8/27:畠山重忠が、三浦氏の衣笠城を攻略する。三浦義明が討死する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
8/28:源頼朝が、真鶴から海上に脱出する。
8/29:源頼朝が、安房国平北郡猟島に到着する。
9/1:源頼朝、安房在住の武士、安斉景益に指示を出す。
9/3:
・平氏方の長狭常伴、頼朝襲撃を企てるものの、三浦義澄に撃退される。
・九条兼実が、日記に源頼朝の伊豆での挙兵を記す。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
9/4:安斉景益が、源頼朝の許に参上する。
9/5:平維盛、平忠度、平知度に対し、頼朝とその与党の追討を命じる宣旨が下される。
9/10:甲斐武田勢が、信濃伊那郡太田切郷の平氏方を攻略する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
9/14:富士北麓鉢田にて甲斐武田勢と駿河の橘遠茂が交戦し、武田方が勝利する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍」)
9/16:平維盛率いる軍勢が、駿河国高橋宿に到着する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍
」)
9/17:
・源頼朝が、下総国府にて千葉常胤の出迎えを受ける。
・甲斐武田勢が、平維盛に使者を送り、浮島ヶ原での合戦を提案する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍
」)
9/19:上総広常が、源頼朝の許に参上するも、遅参を咎められる。
9/21:平維盛が、福原を出陣する。
9/23:平維盛が、入京する。
9/28:源頼朝が、武蔵国の江戸重長に参陣を求めるとともに、葛西清重にその討伐を命じる。
9/29:平維盛率いる追討軍が六波羅を出陣する。
10/2:源頼朝が、武蔵国に入り、隅田宿に陣取る。葛西清重が参陣する。
また、乳母の寒河尼の連れてきた小山朝政の弟を元服させ、宗朝と名乗らせる。
10/4:江戸重長、川越重頼、畠山重忠らが頼朝の元に参陣する。
10/5:源頼朝が、武蔵国府に入る。
10/7:源頼朝が、鎌倉に入り、鶴岡八幡宮を参拝する。
10/11:北條政子が鎌倉に入る。
10/13:源義仲、上野国多湖に進出する。
10/14:駿河国目代橘遠茂、鉢田での合戦で武田信義、北條時政に敗れ、討ち死にする。
10/16:平維盛率いる追討軍が駿河清見関に到着する。
10/17:源氏方が平氏方に合戦を浮島原で行うべく、使者を送るも、書状の内容が不遜であると藤原忠清が使者を斬り捨てる。
10/18:源頼朝が、鎌倉を出陣し、足柄峠を越えて黄瀬川に着陣。
10/19:源頼朝配下の天野遠景、伊藤祐親を捕虜にする。
10/20:富士川合戦 ○源頼朝vs平維盛●
10/21:源頼朝が、駿河国黄瀬川にて弟義経と対面し、鎌倉への帰路につく。(「戦争の日本史5」)
10/23:源頼朝が、相模国府にて論功行賞を行う。
10/27:源頼朝が、佐竹氏攻略のため、鎌倉を出陣する。
11/4:源頼朝が、常陸国府に到着する。
11/5:
・源頼朝、常陸金砂城を攻撃する。佐竹義季が内通したため、陥落する。
・平維盛、福原に帰還する。
11/7:
・源頼朝が、常陸国府にて論功行賞を行い、一族の志田義広、源行家と対面する。
・源頼朝、信義の謀反追討の宣旨が再度、発せられる。
11/17:
・源頼朝が、鎌倉に帰還し、侍所別当に和田義盛を任じる。
・美濃、尾張で源氏方が蜂起する。
11/20:近江源氏の山本義経が藤原景家らを勢田で襲撃する。
11/21:福原からの還都が決定する。
11/22:朝廷、延暦寺に謀反人追討を命じる。
11/23:平清盛、安徳天皇と共に福原を発つ。
11/26:平清盛、安徳天皇と共に京都に入る。
12月:源義仲が、信濃に帰陣する。
12/1:平氏家人の平田入道家継が伊賀、伊勢の軍を率いて近江源氏を攻撃する。
12/2:平清盛が、近江に知盛、伊賀に重盛、伊勢に藤原清綱を派遣し、知盛が、山本義経を破る。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍
」)
12/6:平知盛が、矢倉城を攻略する。
12/11:平重衡が、園城寺を攻撃する。
12/13:山本義経が、平知盛の攻撃を受けて馬渕城に退却する。
12/15:平知盛が、近江源氏の馬淵城を攻略する。(「鎌倉源氏三代記~一門・重臣と源家将軍
」)
12/22:上野国の新田義重、山名義範、里見義成が鎌倉の源頼朝の許に参陣する。
12/24:武田有義(信義の子)の妻子が都で殺害されて梟首される。
12/25:平清盛が、奈良に平重衡らを派遣する。
12/28:平重衡が、奈良に攻め込み、東大寺、興福寺を焼き払う。



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