明治三十八年(1905)
主な出来事
1/1:ロシア軍旅順要塞司令官ステッセル中将が、日本軍に降伏を申し入れる。乃木希典第三軍司令官が、これを受諾し、攻撃中止を指令する。(「戦争の日本史20」)
1/2:ロシアの旅順要塞の開城交渉が、合意成立し、開城規約が調印される。日本軍は13万人を投入し、死傷者59,304人に及び、ロシア軍は籠城軍47,000人中28,000人が死傷する。
1/22:サンクト・ペテルブルグで「血の日曜日」事件が起きる。
3月:ドイツ皇帝ヴィルヘルムⅡ世が、モロッコに入り、スルタンと会談してモロッコの独立と領土保全を尊重する声明を発する。
3/10:日本軍が、奉天を占領する。日本軍の死傷者70、028人、ロシア軍の死傷、行方不明者は89、423人に及ぶ。
5/27:日本海海戦 ○連合艦隊vsロシア・バルチック艦隊● 5/28:連合艦隊の追撃を受けながら、バルチック艦隊は巡洋艦1隻と駆逐艦2隻がウラジオストクにたどり着くものの、残る船は沈没か降伏する。前日来、ロシア海軍は約五千人の戦死者と6,106人の捕虜を出したのに対し、日本軍は約七百人の死傷者を出す。
6/1:高平駐米公使が、ルーズベルト大統領と会談して、日露講和の斡旋を依頼する。
7/29:日本軍が、樺太全島を占領する。
9/5:ポーツマスにて、日露講和条約の調印式が行われる。
備考、その他
・日本が、横須賀海軍工廠にて、戦艦薩摩を起工する。(「戦争の日本史20」)
・日本が、装甲巡洋艦筑波、生駒、鞍馬を起工する。
・日本陸軍が、三八式歩兵銃を採用する。(「戦争の日本史23」)
1/1:ロシア軍旅順要塞司令官ステッセル中将が、日本軍に降伏を申し入れる。乃木希典第三軍司令官が、これを受諾し、攻撃中止を指令する。
1/2:ロシアの旅順要塞の開城交渉が、合意成立し、開城規約が調印される。日本軍は13万人を投入し、死傷者59,304人に及び、ロシア軍は籠城軍47,000人中28,000人が死傷する。
1/4:大本営が、満州軍の一部を大本営直轄として金州に配備することを指示する。
1/9:ロシアのバルチック艦隊が、マダガスカル島に集結する。
1/12:大本営が、鴨緑江軍を編成する。
1/20:ロシア海軍省が、バルチック艦隊に対してマダガスカルにて待機するように指令する。
1/22:
・サンクト・ペテルブルグで「血の日曜日」事件が起きる。
・満州軍総司令部が、奉天攻略を目指す作戦計画を決定する。
1/24:ロシア軍が、黒溝台の日本軍に攻撃を開始する。
1/25:ロシア軍が、黒溝台を占領する。
1/26:日本軍が、黒溝台奪回を試みるも、失敗に終わり、新たに三個師団を投入する。
1/29:ロシア軍が黒溝台から撤退する。日本軍の死傷者9、316人に対してロシア軍は11、732人の死傷者を出す。
2/9:遼陽にて、満州軍の児玉総参謀長と鴨緑江軍の川村司令官とが会談し、奉天攻略について協議する。
2/15:ロシア海軍第三艦隊がバルチック艦隊との合流を目指して、リバウ港を出港する。
2/20:大山巌満州軍総司令官が、各司令官に奉天攻略について訓示する。
2/24:日本軍鴨緑江軍が、清河城を占領する。
3月:
・ドイツ皇帝ヴィルヘルムⅡ世が、モロッコに入り、スルタンと会談してモロッコの独立と領土保全を尊重する声明を発する。
・日本の第三回外債三千万ポンドへの募集がはじまる。
3/1:日本軍満州軍が、奉天への総攻撃を開始する。
3/7:奉天を守備するロシア軍部隊が後退を開始する。
3/9:
・奉天を守備するロシア軍が、東清鉄道付近に展開する日本軍第三軍に猛反撃を加える。
・夕刻、ロシア極東軍総司令官クロパトキンが、奉天付近に展開する全部隊の鉄嶺方面への撤退を指令する。
3/10:日本軍が、奉天を占領する。日本軍の死傷者70、028人、ロシア軍の死傷、行方不明者は89、423人に及ぶ。
3/11:アメリカのルーズベルト大統領が、金子堅太郎にワシントン訪問を促す。
3/15:駐米フランス公使デュセランが、アメリカのルーズベルト大統領と、日露講和問題について話し合う。
3/16:
・バルチック艦隊が、マダガスカルを出港する。
・駐米日本大使、高平小五郎が、ホワイトハウスを訪ねて日露講和について話し合う。
3/18:ロシア極東軍総司令官クロパトキンが召還され、新たにリネウィッチが任命される。
3/22:満州軍総参謀長児玉源太郎が、奉天の司令部を発ち、帰国の途につく。
3/23:山県有朋大本営総参謀長が、桂太郎首相、小村寿太郎外相に「政戦両略概論」を提出する。
3/31:参謀本部が、第十三師団に樺太攻略のための動員を指令する。
4月:朝鮮に京義鉄道が開通する。
4/14:バルチック艦隊が、仏領のカムラン湾に入る。
4/17:イギリス政府が、日英同盟の改定を日本政府に申し入れる。
4/21:日本政府の抗議を受けて、フランス政府がカムラン湾に停泊するバルチック艦隊に退去を要請する。
5月:イギリスが、ロシアに協調関係を結ぶ交渉を提案する。
5/9:バルチック艦隊と第三艦隊とが、バン・フォン湾にて合流する。
5/14:バルチック艦隊がバン・フォン湾を出港してウラジオストクに向かう。
5/19:バルチック艦隊が、バタン海峡を通過する。
5/22:バルチック艦隊が、沖縄西方を通過する。
5/24:日本政府が、日英同盟改正案を決定する。
5/25:バルチック艦隊に随行していた輸送船が、上海に入る。
5/26:
・バルチック艦隊の輸送船の上海入りが、連合艦隊に報じられる。
・日本政府が、イギリス政府に日英同盟の改正案を提示する。
5/27:
・哨戒艦信濃丸が、五島列島の西方にてバルチック艦隊を発見し、これを報じる。これを受け、東郷平八郎率いる連合艦隊が、鎮海湾を出撃する。
・日本海海戦 ○連合艦隊vsロシア・バルチック艦隊● バルチック艦隊は戦艦4隻が沈没する。
・夜間、駆逐艦隊、水雷艇部隊の攻撃でバルチック艦隊は更に戦艦1隻を失う。
5/28:連合艦隊の追撃で、バルチック艦隊は更に戦艦1隻、巡洋艦2隻を失う。巡洋艦1隻と駆逐艦2隻がウラジオストクにたどり着くものの、残る船は沈没か降伏する。前日来、ロシア海軍は約五千人の戦死者と6,106人の捕虜を出したのに対し、日本軍は約七百人の死傷者を出す。
5/31:日本政府が、高平駐米公使に対し、ルーズベルト大統領への日露講和斡旋の依頼を指示する。
6/1:高平駐米公使が、ルーズベルト大統領と会談して、日露講和の斡旋を依頼する。
6/2:アメリカ大統領ルーズベルトが、駐米ロシア大使カシニーに日露講和を勧告するも、カシニーはこれを受け入れず。
6/4:アメリカのルーズベルト大統領が、駐米ドイツ公使と会談し、日露講和促進への協調を合意する。
6/5:アメリカ大統領ルーズベルトが、駐露大使マイヤーに対し、ロシア皇帝に日露講和斡旋の意志を伝えるように指示する。
6/9:アメリカのルーズベルト大統領が、日露講和勧告文を両国政府に伝達する。
6/10:日本政府が、ルーズベルト大統領からの講和勧告に応じる意志を表明する。
6/12:ロシア政府が、ルーズベルト大統領からの講和勧告に応じる意思を表明する。
6/14:
・山県有朋大本営参謀総長が、児玉源太郎満州軍総参謀長に樺太占領など、新たな作戦準備を指示する。
・ロシアで戦艦ポチョムキンの反乱が起き、黒海艦隊がロシア政府に反逆する。
6/18:大本営が、第十三師団に対して樺太攻略を指令する。
6/26:アメリカのルーズベルト大統領が、日露講和交渉地をポーツマスとする。
6/30:日本政府が、閣議でロシアとの講和条件案を決定する。
7月:日本の第四回外債三千万ポンドへの募集がはじまる。
7/3:日本政府が、日露講和交渉の主席全権委員に小村寿太郎外相、全権委員に高平小五郎を任命する。
7/4:日本軍第十三師団の先遣隊が、大湊を出撃し、樺太へ向かう。
7/7:日本軍が、樺太南部に上陸する。
7/8:日本軍が、大泊を占領する。
7/14:ロシア政府が、日露講和交渉の全権にウィッテとローゼンを任命する。
7/24:
・ドイツ皇帝とロシア皇帝とが、同盟の密約を交わす。
・日本軍が、樺太北部に上陸する。
7/29:
・日本軍が、樺太全島を占領する。
・アメリカ陸軍長官タフトが、日本で桂太郎首相と会談し、韓国に対する日本の保護権と、フィリピンに対する米国の統治とを互いに承認する(タフト覚書)。
7/31:樺太駐留のロシア軍が、日本軍に降伏する。
8/7:米国のルーズベルト大統領が、7/12のタフト覚書を承認する。
8/10:ポーツマスにて、第一回日露講和本会議が行われる。
8/12:
・第二次日英同盟がロンドンで調印される。
・ポーツマスにて、第ニ回日露講和本会議が行われる。
8/17:ポーツマスにて、第六回日露講和本会議が行われる。
8/18:ポーツマスにて、第七回日露講和本会議が行われる。日本が、占領した樺太島の北半分を賠償金と引き替えに返還し、樺太南半分の割譲に応じるように提案する。
8/22:アメリカのルーズベルト大統領が、日露講和交渉団の金子堅太郎に対し、ロシアに対する賠償金の請求を取り下げるように勧告する。
8/23:ポーツマスにて、第八回日露講和本会議が行われる。ロシア側が、前回の日本の提案に応じられないとの返答を行い、次回の会議を26日開催とする。
8/26:ポーツマスにて、第九回日露講和本会議が行われる。次回会議を28日に行うことを決めた以外には、進展はないまま終わる。小村寿太郎主席全権が、交渉の決裂を覚悟した電報を政府に報じる。
8/28:御前会議で、領土割譲及び賠償金を得られずとも、ロシアとの講和を成立させることを決める。
8/29:
・日本政府が、日露講和交渉団に対し、賠償金請求は取り下げる代わりに、樺太南半の割譲は要求するように指示する。
・ポーツマスにて、第十回日露講和本会議が行われ、講和について合意する。
9月:
・日本政府が、アメリカの鉄道王ハリマンと東清鉄道南満州支線の共同経営に関する覚書を交わす(後、破棄)。
・第一回ハーグ平和会議で採択された「空爆禁止宣言」が失効する。
9/5:ポーツマスにて、日露講和条約の調印式が行われる。
10月:イギリスが、努級戦艦ドレッドノート型を起工する。
11月:
・日本政府が、韓国政府に対して第二次日韓協約締結を迫る。
・小村寿太郎外相が、東清鉄道南満州支線の権利継承についての条約を締結する。





