明治三十三年(1900)
主な出来事
・治安警察法が制定される。
1月:清国で義和団が蜂起し、直隷省に侵攻する。(「戦争の日本史20」)
6/19:清国政府が、列国公使の北京から天津への退去を要求する。
6/21:清国政府が、英、仏、独、墺、露、米、伊、日の八カ国に対して宣戦を布告する。
8/15:八カ国連合軍が、北京の各国公使館を奪回する。
10/8:北京列国公使会議が始まる。
12/24:北京の列国公使団が清国政府の対して十二箇条の講話条件を示し、清国はこれを受け入れる。
備考、その他
・治安警察法が制定される。
・陸海軍省官制の改正が行われる。(「戦争の日本史23」)
1月:清国で義和団が蜂起し、直隷省に侵攻する。(「戦争の日本史20」)
3/13:ロシアが、太平洋艦隊の一部を韓国の仁川に派遣する。
3/31:ロシアが、韓国馬山浦付近を租借する秘密協定を締結する。
4/4:中国の新聞「申報」が、日本とロシアの戦争が不可避であるとの論説を掲げる。
5/31:英、仏、露、米、伊、日の六カ国が、義和団から北京の居留民及び在外公館を守るために、三百の部隊を天津から上陸させる。
6月:ドイツが第二次艦隊法を成立させる。
6/8:北京ー天津間の鉄道が不通となる。
6/10:
・列強連合軍二千が天津から上陸して北京を目指すも、義和団に阻まれて天津に撤退する。
・北京ー天津間の電信が不通となる。
6/15:日本政府が、清国に臨時に三千五百名の部隊派遣を決定する。
6/17:列強の連合軍が、天津の太沽砲台を占拠せんとし、清国軍と交戦する。
6/19:清国政府が、列国公使の北京から天津への退去を要求する。
6/20:義和団が北京の列国公使館を包囲、焼き打ちに及ぶ。
6/21:清国政府が、英、仏、独、墺、露、米、伊、日の八カ国に対して宣戦を布告する。
7/4:義和団が、奉天周辺で東清鉄道を破壊する。
7/6:日本政府が、清国における義和団鎮圧のために混成一個旅団の派遣を決定し、これを列強諸国に報じる。
7/14:日露を中心とする八カ国連合軍が、天津を攻略する。
7/15:ロシア軍が、ブラゴヴェシチェンスク付近で中国人住民を虐殺する。
7/25:ロシア軍が、愛琿を占領する。
8/4:天津の八カ国連合軍が、北京を目指して進撃を開始する。
8/10:日本政府が居留民保護のため、廈門への出兵も辞さないとの閣議決定を行う。
8/14:
・八カ国連合軍が、北京への総攻撃を開始する。
・山本権兵衛海軍大臣が、廈門に停泊する巡洋艦和泉に対し、不穏な情勢にあれば、陸戦隊を上陸させ、場合によっては砲台の占拠するように指示する。
8/15:八カ国連合軍が、北京の各国公使館を奪回する。
8/20:清国政府が、義和団を反乱軍と規定する。
8/22:大山巌参謀総長が、明治天皇から機会があれば、廈門に出兵してこれを占領する許可を得る。
8/23:大山巌参謀総長が、児玉源太郎台湾総督に対して、廈門への出兵許可を報じる。
8/24:廈門の東本願寺布教所が消失し、廈門領事館からの要請を受けて陸戦隊が上陸し、領事館に入る。
8/26:廈門の日本軍艦、和泉と高千穂から陸戦隊が更に上陸して、市街地に進駐した上、台湾総督に増援要請を発する。
8/27:児玉源太郎台湾総督が、陸軍省に対し、前日の陸戦隊上陸が、列強の撤兵要請を無視して行ったものであることを報じる。
8/29:英国駐日代理公使が、青木周蔵外務大臣に対して日本軍の廈門上陸について、その理由を問い合わせる。
8/30:
・日本政府が、廈門への出兵中止を決定する。
・ロシア軍が、ハルピンを占領する。
9月:日本海軍の装甲巡洋艦出雲がイギリスで竣工する。
9/21:ロシア軍が吉林を占領する。
10月:イギリスとドイツが、揚子江協定を結ぶ。
10/2:ロシア軍が瀋陽を占領する。
10/8:北京列国公使会議が始まる。
11/9:ロシア関東州総督アレクセーエフが、清国の奉天省将軍増キとの間で、満州における権益のロシア独占についての露清暫定協定を結ぶ。
11/11:ロシア関東州総督アレクセーエフが、露清暫定協定を李鴻章に認めさせる。
12/24:北京の列国公使団が清国政府の対して十二箇条の講話条件を示し、清国はこれを受け入れる。






