明治七年(1874)
主な出来事について
1/12:板垣退助、後藤象二郎、副島種臣、江藤新平、由利公正、小室信夫、岡本健三郎、古沢滋が民選議員設立建白書に署名し、愛国公党が結成される。(「西南戦争」)
1/14:武市熊吉らの高知士族が、赤坂喰違坂にて岩倉具視を襲撃する。岩倉は負傷するも、難を逃れる。
1/17:民選議員設立建白書が、政府に提出される。
2/15:江藤新平が挙兵して佐賀城を攻撃する。(佐賀の乱起こる)
4/13:江藤新平が処刑される。
死没
4/13:江藤新平(40:佐賀藩士、政治家)
備考、その他
・西郷隆盛が、山川郷の温泉滞在中に
幽居夢覚起茶烟 霊境温泉洗世縁
池古山深静於夜 不聞人語只看天
との詩を詠む。(「西南戦争」)
・立志社が設立される。
1/12:板垣退助、後藤象二郎、副島種臣、江藤新平、由利公正、小室信夫、岡本健三郎、古沢滋が民選議員設立建白書に署名し、愛国公党が結成される。
1/13:江藤新平が、佐賀に帰郷する。
1/14:武市熊吉らの高知士族が、赤坂喰違坂にて岩倉具視を襲撃する。岩倉は負傷するも、難を逃れる。
1/17:民選議員設立建白書が、政府に提出される。
2月:
・佐賀の乱勃発に伴い、内閣顧問島津久光が鹿児島に入り、西郷隆盛に帰京を促すも、西郷はこれを辞退する。
・宮崎士族小倉処平が、米英留学から帰郷する。
2/10:政府が大久保利通に司法、軍事を委ねる決定を下す。
2/15:江藤新平が挙兵して佐賀城を攻撃する。(佐賀の乱起こる)
2/28:政府軍が佐賀城を占拠する。
4/13:江藤新平が処刑される。
5月:台湾出兵が実施される。
6月:鹿児島に私学校を設立する。
8月:台湾出兵について、大久保利通が、全権弁理大臣として清国に派遣され、撤兵に合意する。
9/27:桐野利秋が、天下の形勢が三年以内に一変すると予見し、奸臣の専制が続けば人民の恨みが破裂せざるを得ないと述べ、また台湾出兵問題に関する大久保利通の行動を批判する。






