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参考文献


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寛永十五年(1638)

主な出来事
・島原の乱を受けて、武家諸法度が改訂され、国法に反する行為に関しては幕府の指示を待たず、隣国の諸藩による協力も是とする。(「島原の乱」)
1/1:幕府軍が原城に総攻撃を行うも攻略はならず、大将の板倉重昌が討ち死にし、石谷貞清も負傷する。
1/4:松平信綱と戸田氏鉄が原城を包囲する幕府軍に合流する。
2/28:幕府軍が、原城を攻略する。
7/19:島原の乱発生の責により、島原藩主松倉勝家が斬罪に処される。

死没
1/1:板倉重昌(50:三河深溝藩主、勝重の次男)
2/28:天草四郎(18?:島原の乱の大将)
7/19:松倉勝家(42:肥前島原藩主)



備考、その他
・島原の乱を受けて、武家諸法度が改訂され、国法に反する行為に関しては幕府の指示を待たず、隣国の諸藩による協力も是とする。(「島原の乱」)
・江戸でキリシタンの摘発が行われる。
1/1:
・幕府軍が原城に総攻撃を行うも攻略はならず、大将の板倉重昌が討ち死にし、石谷貞清も負傷する。(「島原の乱」)
・島原藩主松倉勝家が、大坂城代に書を送り、この日の総攻撃失敗と板倉重昌戦死を報じる。
1/4:松平信綱と戸田氏鉄が原城を包囲する幕府軍に合流する。
1/5:
・松平信綱と戸田氏鉄が、五箇条の軍令を出す。
・松平信綱が、大坂城代に書を送り、長期戦の覚悟を示す。
1/12:
・板倉重昌戦死の報が江戸に到来する。
・幕府が、熊本藩主細川忠利、佐賀藩主鍋島勝茂、久留米藩主有馬豊氏、柳川藩前藩主立花宗茂、福岡藩主黒田忠之、延岡藩主有馬直純に帰国して原城に出陣するように命じる。
・原城より、幕府軍に向けて矢文が放たれ、「幕府にも藩にも遺恨はなく、ただキリスト教への信仰を認めてもらいたいだけである」と述べる。
1/13:平戸に停泊していたオランダ船が原城沖に現れ、艦砲射撃を行い、幕府軍を支援する。
*この時、熊本藩主細川忠利より「一揆鎮圧に外国船を動員すると外聞がよろしくないので、引き上げさせるべき」との意見が出され、松平信綱が「南蛮の支援を期待しているキリシタンの狙いを断つために行ったことだが、国の恥になるという事に考えが及ばなかった」として、外国船からの攻撃を中止させる。
1/20:12/25日に福岡藩が捕えた一揆方の七之丞なる者に内応を言い含めて城に戻す。
1/25:原城から脱出してきた寺沢勢の者が、先だって城に戻ってきた七之丞は天草四郎の放った間者であると証言する。
1/14:キリシタン一揆方の上津浦惣右衛門なる者が、矢止めを提案した上で佐賀藩の陣所を訪ね、一揆方の言い分を伝える。
1/21:原城より幕府軍に矢文が到来し、城中の大将分三名の成敗を委ねる代わりに、他の籠城する者達の助命を提案するも、松平信綱はこれを拒否する。再度城内から男子のみを成敗の対象として妻子の助命を嘆願するも、拒否する。
1/26:
・延岡藩主有馬直純が原城下に到着する。
・福岡藩の仕寄に、原城からの落人が投降する。
1/30:原城から落人が投降する。
2/1:幕府軍が、天草四郎の甥を使者に立て、キリシタン以外の助命を約束し、城兵の投降を促す。
2/3:キリシタン一揆方の山田右衛門作が、大江浜にて幕府方の有馬五郎左衛門と面会し、城中の様子を報じる。
2/5:原城から矢文が幕府軍に放たれる。
2/6:有馬直純が城中に矢文を放ち、談合を呼びかける。
2/8:松平信綱が、再度天草四郎の甥を使者に立て、、キリシタン以外の助命を約束し、城兵の投降を促す。
2/9:
・有馬直純が城中に矢文を放ち、談合を呼びかける。
・原城から、佐賀藩勢に落人が投降する。
2/12:原城を包囲する幕府軍諸隊に落人が投降する。
2/13:幕府方の有馬五郎左衛門が放った矢文に応える矢文が二通、原城より放たれる。
2/16:
・原城より矢文が二通、幕府方に到来する。
・熊本藩の仕寄に原城からの落人があり、城内の様子を報じる。
2/18:キリシタン一揆方の山田右衛門作が、幕府方で旧主の有馬直純への内通を決心し、その手筈を記した矢文を幕府軍へ放つ。
2/21:
・原城内で、山田右衛門作の内通が露見し、一族共に一揆方に捕えられる。
・キリシタン一揆方が、幕府軍への夜討ちを決行するも、290人余を討たれ、退けられる。幕府方にも90人余の死者が出る。
2/23:松平信綱、戸田氏鉄が、大阪城代に原城の戦況を報じる。
2/27:
・幕府方に内通した山田右衛門作の妻子が原城内で、斬罪に処される。右衛門作が斬られる直前に幕府方の総攻撃が始まった為に難を逃れる。この時、放った銃弾が右衛門作の胸に当たったものの、有馬直純からの書状を折りたたんで懐に忍ばせていたものが盾となり、負傷しなかったという。
2/28:幕府軍が原城を攻略する。
3/23:細川忠利が、江戸の留守居役に対して、キリシタン一揆の掟書の写しなどを送る。
7/19:島原の乱発生の責により、島原藩主松倉勝家が斬罪に処される。
12月:幕府が諸大名に対し、領内でのキリシタン摘発を命じる。



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