延暦十四年(795)
主な出来事
1/29:征夷大将軍大伴弟麻呂が帰京して節刀を返却する。(「戦争の日本史3」)
死没
8/7:百済王俊哲(?:鎮守将軍)
備考、その他
2/7:前年の征夷についての論考行賞が行われる。坂上田村麻呂が従四位下に、文室綿麻呂が従五位下に叙任される。(「戦争の日本史3」)
5/10:俘囚大友阿弖良と妻子親族66人が吉弥侯部真麻呂親子殺害の罪で日向国に流される。
12/26:前年の征夷の際、軍から逃亡した軍士340人が、死罪を許されて陸奥国の柵戸となる。
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主な出来事
1/29:征夷大将軍大伴弟麻呂が帰京して節刀を返却する。(「戦争の日本史3」)
死没
8/7:百済王俊哲(?:鎮守将軍)
備考、その他
2/7:前年の征夷についての論考行賞が行われる。坂上田村麻呂が従四位下に、文室綿麻呂が従五位下に叙任される。(「戦争の日本史3」)
5/10:俘囚大友阿弖良と妻子親族66人が吉弥侯部真麻呂親子殺害の罪で日向国に流される。
12/26:前年の征夷の際、軍から逃亡した軍士340人が、死罪を許されて陸奥国の柵戸となる。



