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参考文献


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明応八年(1499)

主な出来事
1/30:畠山基家が、尚順方に追いつめられ、切腹して果てる。(「戦争の日本史11」)
2月:大内家中で義興の弟大護院尊光を擁立せんとの企てが発覚し、家臣の杉武明が自害し、大護院尊光は豊後に出奔する。(「戦争の日本史12」)
9月:畠山尚順が摂津天王寺に進出する。
11/16:足利義尹(義材)が近江坂本に進出する。
11/22:足利義尹が、細川政元方の六角高頼に敗れて河内に逃れる。
12月:細川政元が、摂津で畠山尚順を破り、これを紀伊へ追い落とす。


死没
1月:山名政豊(59:山名氏総領)
1/30:畠山基家(31:河内守護、義就の子)
2月:杉武明(?:大内家臣)
3/25:本願寺蓮如(85:本願寺八世法主)
11/13:斎藤又四郎(18:美濃守護代、妙純の次男)



備考、その他
1/30:畠山基家が、尚順方に追いつめられ、切腹して果てる。(「戦争の日本史11」)
2月:大内家中で義興の弟大護院尊光を擁立せんとの企てが発覚し、家臣の杉武明が自害し、大護院尊光は豊後に出奔する。(「戦争の日本史12」)
6月:幕府が勧修寺家領加賀国井家庄を勧修寺政顕に返付する。その際、現地には本願寺を通じて伝達させる。(「戦争と日本史14」)
9月:畠山尚順が摂津天王寺に進出する。
10月初:豊前国人佐田氏らが妙見岳城を修築して籠城する。大友勢から内応を促す書状が到来するも、これを大内方に報じる。その後、大友勢の猛攻に晒され、一旦降伏する事に決し、大内氏に報告する。降伏後、佐田泰景は豊後国に連行される。(「戦争の日本史12」)
11/16:足利義尹(義材)が近江坂本に進出する。
11/22:足利義尹が、細川政元方の六角高頼に敗れて河内に逃れる。
12月:
・細川政元が、摂津で畠山尚順を破り、これを紀伊へ追い落とす。
・細川政元家臣赤沢宗益が、奈良で自身の首を求める高札が立てられたことに腹を立て、同地で略奪を行う。








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