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参考文献


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長禄四~寛正元年(1460)

主な出来事
6月:伊勢貞親が政所執事に就任する。(「戦争の日本史9」)
7/18:近江国守護六角政尭、家臣伊庭某を討って出奔して剃髪する。幕府、政尭の叔父久頼の子、高頼に家督を継がせる。
9/20:畠山義就、河内へ没落し、政長が畠山氏惣領となる。政長支援のため、大和筒井勢三百ばかりが上洛する。
閏9/5:幕府、管領細川勝元をはじめ、諸大名に畠山義就討伐を命じる。
閏9/18:畠山義就討伐のため、治罰の綸旨と旗が下される。

12/21:寛正に改元する。



備考、その他
2月:駿河守護今川義忠が鎌倉から帰国する。(「戦争の日本史9」)
2/5:室町御所の会所の上棟が行われる。
4月:
・将軍足利義成、関東、越後の諸氏に対し、労をねぎらう御内書を送る。
・足利政知の御所のある国清寺が足利成氏方の襲撃を受ける。政知、御所を堀越に移す。
4/2:今川範将が遠江に侵入し、遠江国の反斯波方の国人衆が挙兵する。
4/26:渋川義鏡の被官、板倉頼資が上洛する。
4/28;室町御所の会所が落成する。
5/26:越前河口庄に関東出陣のための課役が課される。
7/29:室町御所の泉殿の上棟が行われる。
8月:甲斐敏光、朝倉孝景が関東に向けて出陣する。
8/5:尾張国在京守護織田輔長、尾張国破田村の住人の徴発を免除する。
8/22:将軍足利義政、堀越公方足利政知が斯波氏の軍事力を背景に関東への進出を計画している事を「粗忽の企て」として制する御内書を発する。
9/16:政所執事伊勢貞親、畠山義就被官の遊佐弾正と誉多三河に屋形を開いて畠山政長に引き渡すように命じる。
閏9/9:畠山政長が義就討伐のために奈良に下向する。筒井順永がこれを迎える。
閏9/12:畠山政長勢と義就勢が大和国宇智郡で合戦に及ぶ。
閏9/14:
・畠山政長勢と義就勢が大和国宇智郡で合戦に及び、義就方が大和国から撤退する。
・堀越公方足利政知の使者として、奉行人朝日教貞、富永常永が上洛する。
閏9/16:畠山政長、大和国龍田に布陣する。
閏9/20:山名教豊が弾正少弼から伊予守に昇進し、政豊が弾正少弼に任じられる。(「人物叢書 山名宗全」)
閏9/21:管領細川勝元、三宝院義賢を通して斯波義敏の赦免を将軍義政に願うが、却下される。
閏9/28:将軍足利義政が、山名宗全に河内出兵を依頼する。(「人物叢書 山名宗全」)
10月:昨年の旱魃と畠山、斯波家中の争乱により、諸国から京都に多くの乞食が集まる。
10/10:畠山義就勢が龍田の畠山政長勢に合戦を挑むも敗戦する。
10/11:畠山政長方の筒井、十市勢が河内国に侵攻する。畠山義就、嶽山城に向けて没落する。
10/21:将軍足利義政、奥州及び関東の諸将に足利成氏討伐のための動員を命じる御内書を送る。
10/26:山名教豊が父宗全と対立し、播磨に下向する。(「人物叢書 山名宗全」)
12/5:室町御所の泉殿が完成する。
12/15:幕府軍が畠山義就の立て籠もる嶽山城を包囲攻撃する。
冬:この冬から翌年三月にかけて京中で餓死する者が連日数百人単位で現れ、四条、五条橋の下に大穴を掘り、千人、二千人と埋葬するも、なお埋葬地が足りない惨状となる。将軍義政、勧進聖願阿弥に命じ、六角堂の前で粥と味噌汁の施行を行うも、効果は上がらず中止となる。








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