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参考文献


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康正二年(1456)

主な出来事
1/18:将軍足利義政、小笠原国松(政秀)に祖父政康以来の所領を安堵する。(「戦争の日本史9」)
9月:信濃国守護小笠原光康、足利成氏征伐のため、出陣する。
10/2:近江国守護六角久頼、度重なる京極氏からの干渉に憤り、自害して果てる。跡を兄時綱の子政尭が継ぐ。

死没
・山内時通(?:備後国人)
10/2:六角久頼(?:近江国守護)
11月:馬加康胤(?:下総千葉城主)



備考、その他
・越前、尾張、遠江守護斯波義敏と守護代甲斐常治に対立が生じる。(「戦争の日本史9」)
1月:古河公方足利成氏が下総市川城を攻略する。敗れた千葉実胤、自胤は武蔵国豊島郡へ退去する。(「戦争と日本史10」)
4/4:古河公方足利成氏、管領細川勝元と三条実雅に書を送る。
5/28:将軍足利義政の支援を受けた斯波義敏が、義敏の家人を治罰するとの風聞が立ち、斯波家中が危険な状況となる。
6/19:山名宗全が、備後国人山内泰通に父時通の遺領の相続を安堵する。(「人物叢書 山名宗全」)
7月:越前国の興福寺領荘園の内、細呂宜郷上方政所代官職が斯波義敏被官の堀江大炊介から将軍義政側近の大館教氏に改替させられる。
7/6:将軍足利義政、畠山義就の独断専行に立腹する。義就、乳母の今参局を通じて赦免を乞うも、却下される。
7/25:将軍足利義政、三代将軍義満の例に倣って右近衛大将を拝賀する。
9/3:山名宗全が備後における国中大工を任命する。(「人物叢書 山名宗全」)
10/17:山名宗全が、但馬西光精舎において母親の十七回忌を催す。(「人物叢書 山名宗全」)
11月:下総千葉城主の馬加康胤が上総八幡で東常緑と合戦して敗死する。
12/20:吉野の南朝方を討つため、赤松氏旧臣小寺藤兵衛ら30人が大和国宇智軍に集結、享徳四年に出奔した南朝の子孫兄弟二人に接近を謀る。
12/21:京都の山名亭が、火災に遭う。(「人物叢書 山名宗全」)








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