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参考文献


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嘉吉四~文安元年(1444)

主な出来事
2/5:文安に改元する。
2/18:管領畠山持国が、分国内に禁闕の変に関与した者がいた事の責任を取り、辞任を表明する。細川勝元、山名持豊らが慰留する。(「戦争の日本史9」)
2/28:足利三春、日野重子が畠山持国を慰留し、持国、辞意を撤回する。

死没
3/13:筒井実憲(?:大和の国人)



備考、その他
・足利持氏の遺児万寿王丸(成氏)、信濃で御代始の儀式を行う。(「戦争の日本史9」)
・幕府、河野通春討伐のため、安芸国の吉川、小早川氏に対し、伊予国守護河野教通への合力を命じる。
1/22:幕府御料所で赤松満政が代官を務める播磨国東三郡が山名持豊に与えられる事になる。
1/27:管領畠山持国が、奈良の宗徒、国民に筒井攻めを命じる。
2/10:紀伊国人で幕府奉公衆の玉置某が禁闕の変に関与した事が判明、畠山持国被官遊佐邸に誅される。
2/26:大和の反筒井方の国人衆、筒井城を攻めるも大敗する。
2/28:興福寺大乗院門跡経覚、筒井方の報復を恐れて奈良から上洛、嵯峨の往生院に逃げ込む。
2/29:奈良に乱入せんとした筒井勢、豊田氏の防戦に遭い、撤退する。
3月:山名持豊、播磨三郡に使者を送る。
3/12:山名宗全が、備後栖真院請地を山内氏に安堵する。(「人物叢書 山名宗全」)
3/13:筒井実憲、古市胤仙を攻めるも、敗れて自害する。
3/22:山名宗全が、東播磨三郡にて散合を行う。(「人物叢書 山名宗全」)
4/19:興福寺大乗院門跡経覚、奈良禅定院に戻る。
5/13:幕府が、播磨の散在商人による油木立置の禁止を山名宗全に命じる。(「人物叢書 山名宗全」)
6/5:興福寺大乗院門跡経覚、禅定院内の鬼薗山城に城を築く。
6/21:山名宗全が、幕命を受けて播磨広峰社公用を宝寿院に渡すよう守護代に命じる。
7/1:近江守護六角持綱が自邸を脱出して一族佐々木大原氏の邸に逃げ込む。
7/25:山名宗全が、山内時通に播磨明石郡枝吉別符領家を与える。(「人物叢書 山名宗全」)
8月:南朝方の円満院円胤が紀伊国北山に挙兵との報が、熊野本宮より聖護院に寄せられる。
10/25:赤松満政一族が、山名氏に対抗する為、播磨に下向する。
11月:山名一族が播磨の赤松満政一族征伐のため、合戦の準備をはじめる。幕府、播磨に上使を送り、和睦の調停を行うも不調に終わる。
11/28:山名宗全が但馬に下向する。(「人物叢書 山名宗全」)
12月:山名勢と赤松勢が播磨真弓峠で交戦する。
12/27:山名宗全が毛利氏に対して、真弓峠の合戦での戦功を賞する。(「人物叢書 山名宗全」)








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