永享五年(1433)
主な出来事
4/8:大内持世が、弟持盛を討ち、大内氏家督を継承する。(「人物叢書 山名宗全」)
4/28:幕府、駿河守護、今川範政の後継者について長子憲忠の家督相続を決定する。
死没
1月:小早川則平(?:安芸国人)
4/8:大内持盛(?:義弘の子、持世の弟)
5/27:今川範政(70:駿河国守護)
閏7/10:富樫持春(21:加賀国守護)
8/16:少弐満貞(?:少弐氏当主)
9/19:畠山満家(62:前管領)
12/1:斯波義淳(37:前管領)
備考、その他
1月:安芸国人小早川則平が死去し、子の煕平、持平が後継者の座を巡って対立する。
4/5:山名時熙が、伊賀守護職に任じられる。(「人物叢書 山名宗全」)
7/11:駿河守護今川憲忠、駿河に下向する。(「戦争の日本史9」)
7/23:比叡山延暦寺の大衆が幕府に赤松満祐らの不正を糾弾、処分を迫る。
閏7/11:幕府、延暦寺大衆の要求を容れ、赤松満祐らを配流処分とする。延暦寺、訴訟に同調しなかった園城寺を焼き討ちする。
8/9:将軍足利義教が、山名時煕に対し、跡目を持豊に譲るように指示し、二通の御教書を持豊に与える。山名父子は御教書を授かる前に将軍御所を訪れ、折紙銭と太刀を進上し、帰路、満済准后の元を訪れ、銭三千疋を渡す。(「人物叢書 山名宗全」)
8/16:少弐満貞、大内持世に敗れて筑前国秋月城で討死する。(「戦争の日本史12」)
11月末:斯波義敦が危篤になる。
11/27:幕府、延暦寺大衆征伐の為、山名時煕らの軍勢を派遣する。この時、満済准后が山門討伐に向かう山名勢を目撃し、その規模に驚く。
12/12:延暦寺大衆が幕府に降伏する。






