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参考文献


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文明十二年(1480)

主な出来事
1/6:太田道灌、長尾景春討伐のため、武蔵国児玉に布陣する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
5/2:将軍足利義尚、髻を切って父義政に抗議し、遁世を図る。義政、これを宥める。(「戦争の日本史9」)
6/24:太田道灌、長尾景春の日野城を攻略する。景春は逃走する。

死没
2/21:斎藤妙椿(70:美濃国土岐家臣)
10/5:一条教房(58:前関白、土佐国幡多荘領主)



備考、その他
・足利義政、京都東山に山荘の造営を計画する。
5/16:東寺の子院法輪院の僧正が、東の惣構を掘るために人夫を雇いたいと提案し、衆議の結果、「私」でなく「惣寺」のためであることから、これを承認する。(「戦争の日本史11」)
9/11:京都で徳政を求める土一揆が発生し、関所が撤廃させられる。(「戦争の日本史9」)
10月:薩摩、大隅、日向守護島津武久が一族六家と契状を交わして結束を確認する。今後は当主武久の命に従うとしながらも、無理の仔細に対しては結束して詫言を申し入れる事を明記する。(「戦争の日本史12」)



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