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参考文献


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文明九年(1477)

主な出来事
1/18:長尾景春、五十子の両上杉勢を破る。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
5/13:太田道灌、山内上杉顕定、扇谷上杉定正と合流し、用土原で長尾景春を破る。
7月:足利成氏、長尾景春の援軍として出兵する。
9/22:畠山義就、東軍の兵が見物する中、二千余の兵を率いて京都を退去、河内国に下向する。
10/3:幕府、大内政弘に周防、長門、豊前、筑前四ヶ国守護職を与え、石見国仁摩郡、安芸国東西条当知行地が安堵される。
11/11:西軍諸将が分国への帰国を始める(応仁の乱終わる)。足利義視は聖護院道興、三条公躬と共に土岐成頼に護られ、美濃国に下向する。
12月:畠山政長が管領に就任する。

死没
5月:長野為兼(?:上野国人?)
12月:布施英基(?:足利義政の奉行人)



備考、その他
1月:上野金山城に岩松家純が入る。(「戦争と日本史10」)
閏1/14:足利義視から日野富子に和睦の礼銭として銭三千疋を進上する約束が成される。(「戦争の日本史9」)
2月:加賀国額田庄が守護代山川高藤に押領された上、能美・江沼郡一揆がこれを追認する。朝廷が一揆の頭目を本願寺として問い合わせるも、本願寺は加賀国の政治には一切関与していないとし、問題があるのなら、一揆を破門すると弁明する。(「戦争と日本史14」)
3/18:太田道灌、相模溝呂木、小磯城を攻略する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
4月:島津一族十家が起請文を交換して和睦する。(「戦争の日本史12」)
4/13:太田道灌、武蔵石神井、江古田城を攻略する。
5月:
・上野岩松氏が古賀公方派(家純)と堀越公方派(明純…家純の子)とに分かれて対立し、家純が明純を廃嫡する。
・長尾景春勢が武蔵針谷原で上杉勢と交戦し、長尾方の長野為兼が戦死する。
5/3:大内政弘、足利義視から進上する銭三千疋を日野富子に進上し、更に五千疋を和睦の仲介の礼銭として進上する。(「戦争の日本史9」)
9末:大和国の越智、古市勢が義就に味方するため、筒井勢が政長に味方するため、それぞれ河内国に出兵する。
9/11:畠山義就、妻子を古市勢に供をさせ、大和越智氏の館に避難させる。
9/27:河内国で畠山義就、政長勢が合戦を始める。
9/28:畠山義就の軍勢が播磨国川辺郡に向かう。
10月:
・足利成氏、長尾景春の援軍として上野国に出兵する。
・美濃国の斉藤妙椿が美濃、尾張、近江の兵を率いて上洛する。
10/7:畠山義就が河内国を大略平定する。
10/9:畠山義就、河内国若江城を攻略する。
10/12:大内政弘の被官、杉次郎左衛門が木津から大和国般若寺に入り、古市胤栄、澄胤兄弟が河内国から奈良に帰国する。成身院順宣、筒井順尊らが没落する。
10/13:大内家臣杉弘相が、木津城を攻略する。(「戦争の日本史11」)
10/20:大内家臣杉弘相が、奈良に入り、興福寺と春日社を参詣する。
11/11:大内政弘が山城国下狛の陣を払い、帰国を始める。国元で反旗を翻していた吉見信頼らが帰順する。
12月:
・室町殿の再建と内裏修造が竣工する。
・将軍足利義尚の奉公衆が、足利義政の奉行人布施英基を殺害する。
12/23:山内上杉顕定、扇谷上杉定正が、古河公方足利成氏の重臣梁田持助に和平を申し入れる。



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