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参考文献


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文明六年(1474)

主な出来事
4/3:山名政豊と細川政元が講和を締結する。東軍赤松政則、西軍畠山義就が反対したため、両家のみの単独講和になったという。(「戦争の日本史9」)
7/26:加賀国で真宗本願寺派と高田派の対立が表面化し、同国守護富樫幸千代が高田派を、富樫政親が本願寺派をそれぞれ支援し、合戦となる。(「戦争と日本史14」)


死没
4月:島津立久(43:薩摩、大隅、日向国守護)



備考、その他
・出雲国守護代尼子清貞の子、経久が上洛し、守護京極政高より美保関公用銭五万疋の内、一万疋を五年間免除される。(「戦争の日本史12」)
・富樫政親が加賀守護職に復帰する。(「戦争と日本史14」)
4/3:山名氏と細川氏の和睦にあたり、山名家臣五人が、馬を引いて細川邸に礼に赴く。(「人物叢書 山名宗全」)
4/15:
・山名俊豊(政豊の子)が将軍足利義尚に対面する。(「戦争の日本史9」)
・一色義直が船岡山の陣を払い、相国寺の大内政弘と対応を協議する。大内政弘は足利義政、義視兄弟の和睦が成立しなければ受け入れられないととし、合戦は斎藤妙椿次第であると述べる。
4/25:山名政豊と畠山義就の足軽が三条室町で合戦に及ぶ。
5/7:足利義政、一色義直の子、義春を出仕させ、帰参を許し、丹後国を返付する。
閏5月:甲斐八郎が朝倉孝景に崩河で敗戦し上洛、斯波義廉と共に再度越前に攻めんとするが、西軍諸将に制止される。
閏5/5:日野勝光、銭二千百貫文の礼銭で畠山持就の帰参を計るが、義就はこれに応じず。
閏5/10:斉藤妙椿、越前国に入り、朝倉氏と甲斐氏の和睦を図る。
閏5/15:
・武田国信、細川政国が一色氏の丹後入国を阻止する。
・斉藤妙椿、美濃に帰国する。
6/17:太田道灌、江戸城にて歌会を催す。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
7/18:古市胤栄、上洛して大内政弘を支援する。
7/19:越智家栄、上洛して大内政弘を支援する。
7/26:大内政弘、土岐成頼、畠山義就が北野を放火する。
9/20:九州で菊池重朝、大友親繁が蜂起し、北九州の大内領への侵攻を画策する。このため大内政弘、日野勝光を通じて和睦を求める。
10/14:加賀国蓮台寺城が本願寺勢に攻略される。(「戦争と日本史14」)
10/24:加賀国で西軍方の守護代小杉某、有力国人狩野伊賀入道が討たれる。
11/1:加賀国での争乱の情報が奈良に届く。



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