永享十年(1438)
主な出来事
8/14:関東管領上杉憲実、足利持氏と対立し、上野国平井に脱出する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
8/15:鎌倉公方足利持氏、上杉憲実討伐のため、一色直兼、持家を発向させ、自身も武蔵府中に出陣する。(「戦争の日本史9」)
9月:幕府の討伐軍が箱根を越え、足利持氏軍と合戦に及ぶ。
10/19:上杉憲実、上野、越後の軍を率いて武蔵分倍河原に布陣する。
11/2:上杉憲実、家宰長尾忠政を鎌倉に派遣する。忠政、途中で恭順の意を示した足利持氏と会い、共に鎌倉へ入る。
11/14:足利持氏、鎌倉永安寺に、後金沢称名寺に幽閉される。
備考、その他
5/1:大和にて合戦が起き、斯波、甲斐氏の軍勢が損害を受ける。(「戦争の日本史9」)
7/30:幕府、駿河守護今川憲忠に上杉憲実への合力を命じる。
8月:山名宗全が越智、箸尾氏の立て籠もる大和多武峰を攻略する。(「人物叢書 山名宗全」)
8/7:興福寺大乗院門跡経覚、門跡の地位を奪われる。後任として関白一条兼良の子、尋尊が門跡となる。
8/8:幕府、陸奥の諸将に篠川公方足利満直に属して、上杉憲実への合力を命じる。
8/17:幕府、信濃守護小笠原政康に上杉憲実への合力を命じる。
8/22:上杉禅秀の子、持房、教朝を大将とした足利持氏討伐軍が京都を出陣する。
9/12:斯波持種、甲斐常治が大和国から京都へ召喚される。
9/16:斯波持種、甲斐常治率いる幕府軍が京都から関東へ向けて出陣する。
10/3:足利持氏方の三浦時高が幕府に寝返る。
11/3:山名持豊が幕命を受けて、平賀氏への守護使入部停止を守護代に命じる。(「人物叢書 山名宗全」)






