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参考文献


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正長二~永享元年(1429)

主な出来事
3/9:足利義宣、元服する。(「戦争の日本史8」)
3/15:足利義宣、征夷大将軍、参議、左中将に任じられ、名を義教に改める。
6月:大和にて、興福寺一乗院の宗徒井戸が頓称坊なる僧を殺害する。これに対し、豊田中坊なる宗徒が報復のために井戸を襲い、筒井一族の井戸を筒井、十市氏が支援、豊田中坊を越智、箸尾氏が支援し、大和国人同士の戦闘に発展する。
8/24:管領畠山満家が辞任し、斯波義淳が再任される。
9/2:幕府、関東への対策について宿老会議が行う。
9/5:永享に改元する。
10/25:
・宿老会議で筑前国の御料国化を決め、大内盛見を代官に命じる。
・管領斯波義敦、関東管領上杉憲実からの使僧を将軍義教と対面させようとするも、義教に拒絶される。

死没
7/14:細川持元(31:摂津、丹波、讃岐、土佐守護)



備考、その他
1/10:遊佐河内守率いる畠山勢、大和宇陀郡の後南朝討伐のために出陣する。(「戦争の日本史9」)
2/13:興福寺大乗院門跡経覚、上洛して足利義宣に対面する。
2/21:細川持元、篠川公方をはじめ、関東、奥州の国人からの書を足利義宣に持参する。
3/12:足利義教と日野宗子との間に女子が誕生する。
6/3:将軍足利義教、鎌倉公方による奥州白川氏攻撃の報を受け、関東の「京都扶持衆」に対し、白川氏への助勢を命じる御内書を細川持元を通じて発する。
6/11:鎌倉公方足利持氏、下野那須氏、常陸佐竹氏討伐のため、一色直兼、上杉定頼を発向させた事を石川持光に報じる。
7/11:将軍足利義教、越後、信濃両国に白川氏助勢の用意を命じる御教書の発給を管領畠山満家に命じる。
7/24:幕府に鎌倉公方による白川氏攻撃の注進が届く。細川持之、篠川公方足利満直からの注進状を持参し、幕府に提出する。
8/18:白川氏朝が那須資之に加勢して黒羽城に籠城して鎌倉公方と争っているという注進状が篠川公方より届く。
9月:春日社参に奈良に下向した足利義教に筒井氏が越智、箸尾方の挙兵準備を訴える。
9/8:将軍足利義教、篠川公方足利満直の要請に基づき、関東支配に関する御教書を発する。
10/9:周防長門守護大内盛見が上洛する。
10/17:将軍足利義教、大内盛見らを供に管領邸に渡御する。
11/9:将軍足利義教、篠川公方に関東からの使僧との対面の是非を問う書を送る。
11月:越智、箸尾勢が筒井、十市郷を焼き討ちし、筒井一族が上洛して幕府に訴える。
11/14:大内盛見、周防に帰国する。








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