嘉吉三年(1443)
主な出来事
2/27:日野重子、加賀国守護職を巡る争いの調停に乗り出し、管領畠山持国邸を訪ねる。持国、泰高方が幕府御料所代官を討った事実を挙げ、泰高の処罰を主張する。細川持賢、山名持豊もこれに同意したため、重子、富樫泰高に邸からの退去を求める。(「戦争の日本史9」)
7/12:将軍足利義勝、痢病に罹る。
7/23:将軍義勝死去を受けて、管領畠山持国邸で諸大名を集めての評定が行われる。義勝の後継者を同母弟三春(義政)に定める。
9/23:内裏が南朝の残党の襲撃を受ける(禁闕の変)。三種の神器の神壐、宝剣が奪われ、清涼殿が放火、全焼する。襲撃後、賊は比叡山に逃げ込む。
9/24:後花園天皇、朝敵追討の綸旨を発し、比叡山周辺で合戦となる。
9/28:日野資親(有光の子)はじめ、禁闕の変に加わった賊の多くが八条河原、六条河原にて斬罪に処される。
10/8:管領畠山持国、禁闕の変の責任を取って辞任を表明するも、将軍生母、日野重子の慰留を受けて思いとどまる。
死没
2/28:山川八郎(?:加賀国守護代)
2/末:筒井順弘(大和の国人)
5/7:小倉宮聖承(南朝皇胤)
7/21:足利義勝(10:室町幕府七代将軍)
9/27:日野有光(57:前権大納言)
9/28:日野資親(?:有光の子)
備考、その他
・三条実雅に養われていた足利義教十男(後の義視)が浄土寺に入る。(「戦争の日本史9」)
1/26:加賀国守護富樫成春の守護代本折但馬入道が加賀に下向する。
1/27:筒井順弘、越智勢と共に筒井城の筒井順永、成身院光宣を追い出し、城を占拠する。
2月:加賀国で富樫成春方と泰高方が合戦に及び泰高方が敗れる。
2/17:富樫泰高方の加賀国守護代、山川八郎が上洛し、管領畠山持国邸の襲撃を企てる。
2/28:加賀国守護代山川八郎、自身の切腹によって主富樫泰高の助命を請う。管領畠山持国、これを受け入れる。
2/末:筒井順弘、城内で殺害され、筒井順永、成身院光宣に奪回される。
6/3:大内教弘が、山名持豊の養女を娶る。
6/8:管領畠山持国、興福寺大乗院経覚に上洛を命じる。
6/12:興福寺大乗院経覚、将軍足利義勝に対面を果たし、門跡の地位を回復する。
6/23:
・高麗の朝貢使が将軍足利義勝に謁見する。その際、赤松則繁が嘉吉の乱後、九州の菊池氏を経て倭寇となって高麗国を荒らしていると訴える。
・公家の万里小路時房が、周防の大内氏に嫁いだ山名持豊の養女の船が、海賊の襲撃を受けた事を日記に記す。(「人物叢書 山名宗全」)
7/30:足利三春の乳父を伊勢貞宗に定める(実際は三春の居住する烏丸邸の烏丸資任)。
8/11:十市勢が奈良市中に入る。
8/22:日野重子、室町殿で続く怪異のため、女房衆ことごとくを連れて室町殿から烏丸邸に移る。
9/16:豊田頼英ら反筒井方の大和国人が奈良市中に入り、成身院光宣をはじめ、筒井方を筒井城に追い込む。
9/21:山氏の被官人が地下人と喧嘩に及ぶ。。(「人物叢書 山名宗全」)
10/2:勧修寺門主教尊僧正が、禁闕の変への関与によって幕府に捕らえられる。






