天慶三年(940)
主な出来事
正月4日:平将門、常陸国に向けて出陣する。平貞盛、源扶の妻を捕らえる。(「戦争の日本史4」)
正月11日:平将門を討伐した者に恩賞を与えるとの太政官符が東海、東山道に発せられる。
正月18日:藤原忠文が右衛門督、後征東将軍に任命される。
同日:藤原純友配下の藤原遠方、成康が軍監、軍曹に任命される。
正月下旬:平将門、軍を解散させる。
2月1日:平将門、藤原秀郷と平貞盛の挙兵を受けて下野国に出陣するも敗れる。
2月8日:藤原忠文に節刀が下される。
2月13日:藤原秀郷と平貞盛、下総国に攻め込み、平将門を討ち取る。
2月25日:信濃国の飛駅により、将門討ち死にの第一報が都にもたらされる。
3月5日:常陸、下野、甲斐、信濃国からの解文と藤原秀郷からの申文によって、将門の討伐が報告される。
3月9日:藤原秀郷に従四位下、平貞盛に従五位上が与えられる。
4月8日:征東軍が現地に到着。
4月25日:平将門の首が都に進上される。
5月3日:平将門の首が京都の東市の木にかけられて晒される。
東京大手町の平将門の首塚
5月15日:藤原忠文が都に帰還して、節刀を返上する。
5月19日:藤原忠文が征西大将軍に任じられる。
6月18日:藤原純友らに対する追捕官符が出される。
11月16日:藤原秀郷が下野守、平貞盛が右馬助に任命される。
死没
2月13日:平将門
・上総介藤原滋茂、平将門に印鎰を奪われた罪によって官職を追われる。
正月1日:東海、東山、南海道に追捕使の派遣を決める。
正月14日:坂東八カ国の掾を任命する。
2月26日:陸奥国からの飛駅により、平将門が一万三千の兵を率いて陸奥、出羽を襲おうとしているとの情報がもたらされる。
2月29日:遠江、駿河、甲斐国からの飛駅によって将門の討伐が都にもたらされる。
3月7日:平将武(将門弟)を甲斐国で討ったとの報が都にもたらされる。
3月18日平公雅が興世王を上総国で討ったとの報が藤原忠文によって都にもたらされる。
4月12日:常陸国からの飛駅により、平将門の弟将種、陸奥において義父の伴有梁と共に謀反したとの情報がもたらされる。
11月5日:橘遠保が伊予警固使に任命される。





