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参考文献


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弘仁二年(811)

主な出来事
4/17:陸奥出羽按察使文室綿麻呂が征夷将軍に、出羽守大伴今人、鎮守将軍佐伯耳麻呂、陸奥介坂上鷹養が副将軍に任じられる。(「戦争の日本史3」)

死没
5/23:坂上田村麻呂(54:大納言)

備考、その他
・地方支配に関して、諸国の郡司を国司の推薦通りに任命されることが認められる。(「戦争の日本史4」)
1/11:陸奥国に和我、薭縫、斯波の三郡を新たに設置する。
1/17:平安宮豊楽院で射礼が行われる。この時、12歳の葛井親王が弓を取って二度、的を射抜き、外祖父の坂上田村麻呂を歓喜させる。(「戦争の日本史3」)
2/5:陸奥出羽按察使文室綿麻呂らが征夷の実地を嵯峨天皇に申請する。
3月:俘囚計帳の作成が始まる。
3/9:文室綿麻呂が軍士の徴発の削減を申請する。
3/20:嵯峨天皇が文室綿麻呂の要請に応え、当初の予定通りに兵を徴発するように指示し、大伴今人の武功を称える。
4/19:嵯峨天皇が征夷将軍文室綿麻呂に勅を発し、新たな俘虜の献上を命じる。
5/10:嵯峨天皇が文室綿麻呂に進撃に慎重を期するように指示する。
5/12:文室綿麻呂が未だ現地では征夷の準備中であることを報じる。
5/19:嵯峨天皇が勅を発し、来年までの征夷の延期と、軍監、軍曹の数の是正を求める。
7/4:文室綿麻呂が俘軍の活用を表明する。
7/14:嵯峨天皇が俘軍を使っての作戦を副将軍及び両国司と評議検討のうえ、報告するように勅を発する。
7/24:出羽国より、俘軍を利用した作戦が言上される。
9/22:文室綿麻呂が、嵯峨天皇に対し、新たに軍氏1100人の徴発を申請する。
10/4:嵯峨天皇が軍士の新規徴発を許可する。
10/5:文室綿麻呂が征夷の戦勝報告を認める。
10/17:嵯峨天皇が坂上田村麻呂の墓地として山城国宇治郡の地三町を与える。
12/3:陸奥国の俘囚の入京を禁止する。
12/13:文室綿麻呂に従三位、佐伯耳麻呂に正五位下、大伴今人と坂上鷹養に従五位上、物部匝瑳足継に外従五位上の位を授ける。
閏12/11:文室綿麻呂が陸奥国の軍備縮小を申請し、陸奥国の民衆への四年間の課役免除を定める。
閏12/19:出羽国の民衆に対して、三年間の課役が免除される。



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