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参考文献


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昭和二十年(1945)

主な出来事
2/4-11:米英ソ首脳によるヤルタ会談が行われる。(「戦争の日本史23」)
3/10:東京大空襲が行われる。焼失戸数25万9011、死者8万3070、重軽傷者11万3063、羅災者88万9213を数える。
4/5:小磯国昭内閣が総辞職し、鈴木貫太郎海軍大将に組閣の大命が下る。
4/30:ドイツ総統ヒトラーが自殺する。
6/22:昭和天皇が、首相、外相、陸相、海相、参謀総長、軍令部総長を招集し、戦争終結に向けた行動を促す。
6/23:沖縄守備隊長牛島満中将が自決し、沖縄が米軍に制圧される。
7/16:アメリカが、原子爆弾の実験に成功する。
7/26:米英中三ヶ国によるポツダム宣言が発表される。
8/6:広島に原子爆弾が投下される。
8/8:東郷茂徳外相が参内し、原爆について昭和天皇に報告し、終戦について意見して天皇の同意を得る。
8/9:
長崎に原子爆弾が投下される。
・ソ連が、日本に宣戦布告する。
8/14:昭和天皇召集による御前会議で、ポツダム宣言の受諾が決定する。
8/15:正午に玉音放送が行われ、戦争の終結が国民に報じられる。
8/17:鈴木貫太郎内閣が総辞職し、後続の東久邇宮稔彦王に後継内閣の組閣を命じる。
8/30:連合軍のマッカーサー司令官が、厚木に到着する。
9/2:横須賀沖の戦艦ミズーリ艦上にて、日本と連合国との降伏調印式が行われる。
10/9:幣原喜重郎内閣が組閣される。

死没
3/25:栗林忠道(54:陸軍中将、硫黄島守備隊司令官)
4/30:アドルフ・ヒトラー(56:ドイツ首相)
5/25:石井菊次郎(79:元外相、駐米大使、枢密顧問官)
6/23:牛島満(58:陸軍中将、沖縄守備隊司令官)

備考、その他
・台湾に徴兵制が施行される。(「戦争の日本史23」)
1月:
・陸海軍の両総長が、「帝国陸海軍作戦計画大綱」を上奏し、天皇の裁可を受ける。
・サイパン島のアメリカ軍爆撃部隊のヘイウッド・ハンセル准将が更迭され、カーチス・ルメイ少将が就任する。
1/13:三河地震が発生する。(「地震の日本史」)
1/27:東西よりビルマに侵攻した中国軍が、合流する。
2月:昭和天皇が、戦局打開の方策について平沼騏一郎、広田弘毅、近衛文麿、若槻礼次郎、岡田啓介、東條英機、牧野伸顕の意見を徴する。
2/14:近衛文麿が、昭和天皇に共産主義革命を避けるために米英との降伏を上奏する。
2/16:アメリカ軍が、硫黄島への艦砲射撃を開始する。
2/19:
・アメリカ陸軍航空軍総司令官ヘンリー・アーノルド大将が、サイパンの爆撃部隊に対し、大都市への焼夷弾攻撃の強化を指示する。
・アメリカ軍が、硫黄島への上陸作戦を開始する。
3月:昭和天皇が木戸光一内相を通じ、重光葵外相に戦争の終局について研究するように命じる。
3/14:大阪にアメリカ軍の空襲が行われる。焼失戸数13万4744、死傷者1万3135を数える。
3/16:小磯総理大臣の大本営会議への列席が承認される。
3/19:名古屋にアメリカ軍の空襲が行われる。
3/24:アメリカ軍が沖縄南部への艦砲射撃を開始する。
3/25:硫黄島守備隊長の栗林忠道中将が戦死する。
3/26:アメリカ軍が、慶良間列島に上陸を開始する。
4月:
・国土決戦教令が制定される。
・駐日スウェーデン公使ウィダー・バッゲが、スウェーデンに帰国し、駐スウェーデン公使の岡本季正を訪ね、和平工作を試みる。
4/1:アメリカ軍が、沖縄島の嘉手納海岸に上陸を開始する。
4/3:昭和天皇が、沖縄での戦況について下問する。
4/5:
・小磯国昭内閣が総辞職し、鈴木貫太郎海軍大将に組閣の大命が下る。
・ソ連が、日ソ中立条約の不延長を通告する。
4/7:鈴木貫太郎内閣の親任式が行われる。
4/23:スイスにてベルリンの大使館付海軍武官だった藤村義一中佐が、スイスのフリードリッヒ・ハック博士と面会し、アメリカの諜報機関OSSとの接触を依頼する。
4/30:ドイツ総統ヒトラーが自殺する。
5月:陸軍が、特攻隊員用の教本「と号空中勤務心掲」を作成する。
5/3:アメリカの諜報機関OSSが、藤村義一中佐との接触を受け入れる回答を示す。
5/4:沖縄の守備隊がアメリカ上陸部隊に反撃を試みるも、失敗して大敗する。
5/8:藤村義一中佐が、アメリカの諜報機関OSSを通じた和平工作について、海相と軍令部総長に対して報告する(後、工作は中止)。
5/11-14:最高戦争指導会議構成員会議において、対ソ交渉の開始が決定される。
5/14:名古屋にアメリカ軍の空襲が行われ、名古屋城が焼失する。
5/25:東京が空襲される。
6月:義勇兵役法が公布される。
6/1:東郷茂徳外相が、佐藤尚武駐ソ大使にソ連との交渉を開始する様に指示する。
6/3:広田弘毅が、マリク駐日大使と日ソ交渉について意見交換する。
6/8:
・御前会議が開催され、「今後採るべき戦争指導の基本大綱」が決定される。
・佐藤尚武駐ソ大使が、無条件降伏以外に選択がないとの意見を示す。
7/7:昭和天皇が、鈴木貫太郎首相にソ連への特使派遣を提案する。
7/12:東郷茂徳外相が、佐藤尚武駐ソ大使に近衛文麿を特使としてソ連に派遣する事について、モロトフ外務人民委員の同意を得るように指示する。
7/15:アメリカのトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相が、ドイツのポツダムに到着する。
7/18:ソ連のモロトフ人民委員より、日本からの特使派遣について、拒否回答を受ける。
7/20:佐藤尚武駐ソ大使が、東京に早期降伏を促す意見を打電する。
7/25:アメリカのトルーマン大統領が、原爆投下命令書に署名する。
7/30:鈴木貫太郎首相が、ポツダム宣言の黙殺を表明する。
8/6:広島に原子爆弾が投下される。
8/8:下村海南情報局総裁が、終戦に際しての玉音放送を昭和天皇に提案して、内諾を得る。
8/9:
長崎に原子爆弾が投下される。
・ソ連が、日本に宣戦布告する。
・最高戦争指導会議構成員会議を開催した後、閣議が開催される。条件面で紛糾するも、鈴木貫太郎首相が天皇の裁断を仰ぐ形で国体護持を条件にポツダム宣言の受諾を決定する。
8/10:日本が、国体護持を条件とするポツダム宣言受諾を連合国側に発信する。
8/12:
・天皇の統治権は連合国最高司令官に従属するという回答が連合国から日本に送られる。
・参謀総長と軍令部総長が参内してポツダム宣言を受け入れがたいと訴えるも、昭和天皇は外務省の意見を容れ、応諾するように支持する。
8/13:閣議が開かれるも、ポツダム宣言受諾について意見の一致は得られず、翌日の御前会議で決する事とする。
8/14:
・昭和天皇召集による御前会議で、ポツダム宣言の受諾が決定する。
・東郷茂徳外相が、スイスにポツダム宣言受諾を知らせる電報を発する。
8/15:
・陸軍、近衛師団が、録音された玉音放送を奪取せんと企てるも失敗する。
・正午に玉音放送が行われ、戦争の終結が国民に報じられる。
8/16:全軍に停船命令が発出される。
8/17:昭和天皇が陸海軍人に対する勅語を発する。
8/18:占守島にソ連軍が上陸し、日本軍守備隊と交戦する。
8/19:ソ連軍と日本軍との停戦協定が結ばれる。
8/28:連合軍の先遣部隊が厚木も到着する。
9/13:連合国軍総司令部の命令により、大本営が廃止させられる。
12/1:陸海軍省が廃止され、第一復員省、第二復員省に改組させられる。



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