明応七年(1498)
備考、その他
・甲斐武田家中の争いで、信昌信縄親子が和睦する。
・肥前国の少弐氏残党が綾部城の渋川刀禰王丸を攻撃するも、仁保護郷率いる大内勢に撃退される。(「戦争の日本史12」)
8月:
・伊勢宗瑞が八丈島に代官として長戸路氏を置く。(「戦争と日本史10」)
8月:畠山尚順が、畠山義英と山城国木津周辺で交戦し、これを破る。(「戦争の日本史11」)
8/25:東海から近畿にかけて大地震が発生する。これにより、浜名湖が海とつながる。(「地震の日本史」)
9月:足利義尹(義材から改名)が越前一乗谷に移る。(「戦争と日本史14」)
10/2:大友勢が豊前佐田荘に侵入し、防備のために佐田俊景、泰景親子が赤井城に籠城する。
10/5:大友勢が赤井城に襲来し、佐田氏がこれを防戦し、敵将の首二つを挙げる。
10/9:佐田親子、赤井城を捨てて飯田但馬守と合流する。
10/10:佐田親子、攻め寄せた大友勢と終日、矢戦を行う。
10/13:大内義興が豊前宇佐郡に到着し、佐田氏らこれに合流する。
11月:
・足利義尹が京都を目指す途中、近江で六角高頼に敗れ、周防国に逃亡して大内氏を頼る。(「戦争と日本史14」)
・大内義興、肥前国に在陣中の仁保護郷に豊前国への転戦を命じる。






