天正十一年(1583)
主な出来事
4/21:賤ヶ岳の合戦 ○羽柴秀吉vs柴田勝家●
4/24:羽柴秀吉が北ノ庄城を攻略し、柴田勝家が自害して果てる。(「戦争と日本史15」)
5月:黒田孝高が毛利方の安国寺恵瓊に来島からの毛利勢撤退を促す。(「戦争の日本史12」)
生誕
武田万千代丸(徳川家康五男、信吉)
死没
阿蘇惟将(64:肥後国人、阿蘇大宮司家)
依田信蕃(武田~徳川家臣)
閏1月:安心院麟生(?:大友家臣、宇佐大宮司家)
4/20:中川清秀(42:摂津茨木城主)
4/24:柴田勝家(?:越前北庄城主)
5/2:織田信孝(26:織田信長三男)
5/12:佐久間盛政(30:加賀金沢城主)
6月:松平康親(63:徳川家康の家臣)
備考、その他
・阿波木津城の篠原自遁が長宗我部氏に屈して退去する。(「戦争の日本史12」)
・徳川家康次女督姫が、北條氏直に嫁ぐ。(「江戸大名家血族事典」)
1月:北條氏直が上野厩橋城への攻撃を開始する。(「戦争と日本史10」)
1/1:羽柴秀吉が山崎城を発ち、姫路に向かう。(「戦争と日本史15」)
1/12:上杉景勝の使者として、越中瑞泉寺の塔頭西雲寺の僧と伊勢の御師蔵田左京助が、羽柴秀吉の元に向かう。(「戦争と日本史15」)
1/18:尾張星崎を徳川家康が訪れ、織田信雄と会見する。
1/25:飛騨の三木自綱が、弟鍋山顕綱を討つ。
閏1月:大友勢が豊前龍王城を攻略し、安心院麟生は自害して果てる。
閏1/4:
・安土城で諸将が織田信雄に臣下の礼を取る。(「尾張・織田一族」)
・羽柴秀吉が丹波亀山城に入る。(「戦争と日本史15」)
閏1/5:羽柴秀吉が山崎城に入り、茶会を行う。
閏1/25:本願寺が織田信雄、羽柴秀吉、丹羽長秀、堀秀政らに年頭の音信を送る。柴田勝家ら、北陸の諸将にも越前門徒を介して年頭の音信を送る。(「戦争と日本史14」)
2月:羽柴秀勝が発病する。(尾張・織田一族)
2/4:羽柴秀吉の下に上杉景勝より誓詞と書状が届く。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
2/7:
・羽柴秀吉が上杉景勝の家臣須田満親に景勝からの誓詞の到来と返書の誓詞を認めた事を知らせる。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
・秀吉家臣増田長盛、木村清久、石田三成が連署しての覚え七ヶ条を上杉景勝の使者西雲寺に渡す。
2/13:柴田勝家が吉川元春に書を送り、互いの協調を確認し、3月20日までに北近江へ出陣する意向を示す。
2/16:羽柴秀吉が伊勢亀山城を攻撃する。
2/20:
・近衛前久が、島津義久に書を発する。
「信長と自身の仲を妬まれ、本能寺の変後、一部の公家衆に讒言され、嵯峨に逼塞、続いて徳川家康を頼ることになった。家康の奔走でいずれ、帰洛は叶うと思う」
・上条宜順が直江兼続に書を送り、越中情勢について上杉景勝への取り成しを依頼する。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
2/22:興福寺の多聞院英俊が、日記に羽柴秀吉が門徒である為に大和に一向宗徒が増えていると書き留める。(「戦争と日本史14」)
3月:
・上杉景勝、上条政繁を越中松倉城将から信濃海津城将に移す。(「上杉景勝のすべて」)
・伊予来島城から村上通昌が退去し、羽柴秀吉を頼って復帰を画策する。
・上野厩橋城の北条高広が、上杉景勝に救援を依頼する。
3/3:
・羽柴秀吉が伊勢亀山城を攻略する。
・柴田勝家が北ノ庄城を出陣する。
3/5:織田信孝の母が禁裏に蚊帳を献上する。(「尾張・織田一族」)
3/7:柴田勝家の軍勢が近江木之本に布陣する。
3/15:羽柴秀吉が近江称名寺に北近江の土民、百姓の動員を命じる。
3/17:羽柴秀吉が近江木之本に着陣する。柴田勢は後退して柳ヶ瀬を中心に布陣する。
4月:白井房胤、南四郎兵衛ら毛利水軍が得居通幸の立て籠もる伊予鹿島城を攻めるも反撃を受け、両名とも負傷する。
4/3:
・羽柴秀吉が斉藤刑部に対し、越中の本願寺派寺院に一揆を動員して忠節を尽くせば、旧領を安堵する旨を伝えるように命じる。
・羽柴秀吉が前線に布陣する弟秀長に書を送る。
4/6:足利義昭が吉川元春、元長親子に御内書を送り、柴田勝家と呼応して出馬するよう、依頼する。
4/8:羽柴秀吉が本願寺坊官下間頼廉より、加賀一揆を動員して秀吉に味方する旨を伝えてきた事を賞し、手柄次第で加賀国を返還すると報じる。
4/16:
・羽柴秀吉が織田信孝の挙兵を知り、木之本の陣から美濃大垣城に入る。
・羽柴秀吉が美濃の吉村又吉郎に書を送り、戦況を報じる。これに大谷紀介(吉継)が添え状を発するが、このとき、紀介は名の末尾に「白頭」と署名する。(「歴史読本2009年7月号」)
4/18:織田信孝の乳母の子、幸田彦右衛門兄弟、秀吉に人質に取られた母を磔にされる。この時、母は「親は子に先立つ習いなり。主君への忠義を守るように」と書を送る。その後、兄弟は美濃に侵入してきた羽柴勢と一戦に及び、討ち死にする。(「定本常山紀談 上」)
4/20:
・午前10時頃:柴田勝家配下の佐久間盛政が、大岩山砦を攻略し、中川清秀を討ち取り、更に岩崎山砦も攻略する。
・午後4時頃:羽柴秀吉が大垣城を発つ。
・午後9時頃:羽柴秀吉が木之本に到着する。
・深夜:羽柴秀吉勢が佐久間盛政、柴田勝政隊への攻撃を開始する。
4/21:
・賤ヶ岳の合戦において、秀吉近習で武功を挙げた七人、福島正則、加藤清正、加藤茂勝(嘉明)、片桐且元、平野長泰、脇坂安治、糟谷武則が大いに褒賞され「賤ヶ岳の七本槍」と称される。特に一番槍で功を挙げた福島正則が五千石を与えられ、他の六人は三千石を与えられる。(「定本常山紀談 上」)
・賤ヶ岳の合戦前日に秀吉近習の福島正則と石川一光が刺し違えんばかりの諍いを起こし、周囲に止められるも、この日の合戦で一光は真っ先に敵陣に斬り込み討ち死にする。(「定本常山紀談 上」)
4/22:
・羽柴秀吉が越前府中城を訪ね、前田利家を味方につける。
・徳川家康が在陣中の信濃から、羽柴秀吉に書状を送る。
4/23:羽柴秀吉が北ノ庄城を包囲する。
4/24:羽柴秀吉が北ノ庄城を攻略し、柴田勝家が自害して果てる。
4/25:徳川家康の元に賤ヶ岳合戦の情報が届けられる。
4/27:羽柴秀吉が毛利輝元に賤ヶ岳合戦の勝利を報じ、陣中見舞いに謝辞を述べる。
4/29:羽柴秀吉、加賀、能登、越中平定を上杉景勝に報せる。
5月:
・小早川隆景が、乃美宗勝と井上春忠を派遣し、伊予鹿島城の得居通幸に調略を試みるも、不調に終わる。
・島津、有馬連合軍が肥前深江、安徳城を攻略するも、深江城は再度反抗する。
・下野の宇都宮国綱が、上杉景勝に書を送り、羽柴秀吉との和親を祝う。
・羽柴秀吉が近江坂本城から前田利家の娘摩阿姫に書を送り、近江の所領配分と、大坂への移転の意向を示す。
5/2:
・下野の宇都宮国綱が上杉景勝に書を送り、越中への進出を祝する。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
・織田信孝が、尾張野間で自害して果てる。
5/5:羽柴秀吉が長浜城に入る。
5/12:佐久間盛政、洛中を引き回され、斬首される。この時、秀吉は盛政に自分に仕えるように勧めるが、盛政はこれを笑い飛ばして拒否する。また、斬首の際には、香をたき込めた礼服を用意してくれるように依頼し、秀吉はこれを受け入れる。(「定本常山紀談 上」)
5/15:羽柴秀吉が小早川隆景に十七ヶ条に及ぶ書を送る。(「戦争と日本史15」)
5/17:本願寺一族の慈敬寺顕智が越前に在陣する門徒を労い、秀吉と顕如との関係が緊密になり、仏法御繁盛になることを感謝する。
5/21:
・織田信雄が京都奉行に前田玄以を任命する。(「尾張・織田一族」)
・徳川家康が、石川数正を使者として、羽柴秀吉に初花の肩衝を贈り、戦勝を賀す。
6月:結城晴朝、多賀谷重経、太田道誉らが、羽柴秀吉に音信を通じる。
6/2:
・近衛前久、浜松の龍禅寺で織田信長の追善供養を執り行う。
・羽柴秀吉が京都大徳寺にて織田信長の一周忌を行った後、大坂に赴く。
6/4:羽柴秀吉が黒田孝高、蜂須賀正勝、浅野長政らを従えて大坂城を検分する。
6/5:羽柴秀吉が、福島正則をはじめとする七本槍の面々に感状を与える。福島正則に五千石を宛がい、他の者には三千石を宛がう。
6/17:佐々成政が新発田重家に書を送る。(「尾張・織田一族」)
6/28:上杉景勝、大石綱元を使者として羽柴秀吉の元に送り、賤ヶ岳合戦の戦勝を祝す。秀吉、これに対して返書を記す。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
7月:
・上杉景勝、徳政令を発する。(「上杉景勝のすべて」)
・筑後の田尻鑑種が龍造寺隆信に降参するも、知行替えに反発して再度、討伐を受ける。
・羽柴秀吉が、太田道誉、多賀谷重経に書を送る。
・瀧川一益が羽柴秀吉に降伏する。
7/5:羽柴秀吉、賤ヶ岳の合戦で先駆けして討ち死にした石川一光の弟長松(頼明)を千石で取り立て、死んだ兄に与えるべき感状を長松に与える。(「定本常山紀談 上」)
8月:美作国人草苅氏が因幡口で秀吉方荒木重堅、石米、佐良山で宇喜多勢を退ける。(「戦争の日本史12」)
8/1:
・羽柴秀吉が、近江の久徳氏に三千石を与える。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・羽柴秀吉が、加藤清正に三千石を与える。(「小西行長」)
8/3:羽柴秀吉が徳川家康に不動国行の刀を贈る。
8/18:上杉景勝、八幡で新発田勢と戦う。(「上杉景勝のすべて」)
8/21:神保長住、伊勢大神宮に自身の越中復帰を祈願する。(「信長と消えた家臣たち」)
8/28:羽柴秀吉が、大坂城の普請奉行黒田孝高に五ヶ条の掟を示す。
9月:
・本願寺が坊官寺内若狭守を使者として越前の丹羽長秀、能登の前田利家、越中の佐々成政に派遣して、誼を通じる。
・北條氏政が、上野厩橋城を攻略する。
・羽柴秀吉が結城晴朝に書を送る。
9/1:羽柴秀吉による大坂城の築城工事が始まる。
9/4:近衛前久が、徳川家康の取り成しで帰洛する。
9/9:羽柴秀吉の妻おねが、幸蔵主を使者として本願寺顕如の妻如春尼にお礼の進物を届ける。(「北政所と淀殿」)
9/11:上杉景勝が、春日山城に着陣する。
9/15:徳川家臣本多忠勝が下総の水谷勝俊に書を送り、大坂築城の様子を報じ、遷都の可能性に言及する。
9/17:上杉景勝、高野山宝憧寺の僧清胤に謙信の明年の七回忌法要について報せる。
11月:
・上杉景勝、柏崎に伝馬宿送りの制を定める。
・結城晴朝が北條方の下野小山に侵攻し、下野の佐野宗綱らが、上野小泉城を攻撃する。
11/1:羽柴秀吉が大坂城で毛利輝元からの人質、小早川元総(秀包)、吉川経言(広家)を引見する。そこで元総のみを預かることとし、経言を毛利氏に返す。
11/15:徳川家康が北條氏政に対し、関東についての羽柴秀吉の意向を取り次ぐ。
12月:
・筑後の田尻鑑種、鷹尾城を龍造寺隆信に明け渡し、肥前佐嘉に所領を移される。
・上杉景勝が側近の狩野秀治に書を送り、羽柴秀吉への人質の件を取りまとめるように命じる。その際、前夜に直江兼続と酒を飲んだ件など、戯れを述べる。(「上杉景勝~転換の時代を生き抜いた人生」)
12/13:上杉景勝、宮島将監を栃尾城主に任じる。






