天正二年(1574)
主な出来事
・土佐中村の一条兼定が家臣団によって豊後に追放される。長宗我部元親、土佐を統一する。(「戦争の日本史12」)
3/18:織田信長が従三位参議に任じられる。
4/2:石山本願寺が織田信長に対して挙兵し、摂津中島砦を攻略する。
6月:会津黒川城主の芦名盛興が死去する。後継者には須賀川城主二階堂盛義の子、盛隆が就き、隠居の父止々斎(盛氏)がこれを補佐する。(「戦争と日本史10」)
9/29:伊勢長島城が開城する。城を出た城兵を織田軍が襲撃するも、反撃を受け織田一族に多数の死者が出る。これに激怒した織田信長が中江、屋長島砦に立て籠もる一向衆門徒約二万人を焼き殺す。
10月:備中松山城の三村元親が毛利氏に反旗を翻す。
死没
鹿島治時(?:常陸鹿島氏当主)
中条藤資
土橋信鏡(?:朝倉景鏡)
畠山義慶(?:能登守護)
1/19:桂田長俊(34:越前守護)
1/24:魚住景固(47:朝倉~織田家臣)
2/18:富田長繁(24:越前国人)
3月:原田親種(?:筑前国人、隆種の子)
3/5:武田信虎(81)
6月:芦名盛興(28:会津黒川城主)
7/6:三渕藤英(?:幕臣、細川藤孝の異母弟)
8月:樋口直房(織田家臣)
9/29:
織田信次(?:信長叔父)
織田信広(?:信長庶兄)
織田秀成(?:信長弟)
織田信成(?:信長従兄弟)
佐治信方(22:織田家臣、信長の妹婿)
備考、その他
・高遠城で武田信虎が、勝頼と対面する。
・北条氏政、唐沢山城を囲むが、救援に現れた上杉謙信が敵前を僅かな供回りのみで城内に入る。これを見た北条勢は恐れをなして囲みを解いたという。(「定本常山紀談 上」)←永禄四(1561)年の誤り?
・肥前の龍造寺隆信が須古城主平井経治を滅ぼす。(「戦争の日本史12」)
・上杉謙信が、常陸江戸崎城主の土岐治英に老母と幼少の息死去を悼む書を送る。(「戦争と日本史10」)
・羽柴秀吉が、居城を近江小谷から今浜(長浜)に移す。(「戦争と日本史15」)
1月:
・島津氏が大隅に侵攻し、島津一族北郷時久が60人が討ち死にしたものの、肝付方400人を生け捕ったと記録する。(「雑兵たちの戦場」)
・松永久秀父子が、大和から岐阜を訪れ、織田信長に赦免の礼を述べる。(「信長と消えた家臣たち」)
・越前で反桂田長俊の一揆が蜂起する。
・上杉謙信が徳川家康に書を送り、自身の関東出馬を報じ、織田信長と連携しての武田勝頼への牽制を依頼する。(「戦争と日本史10」)
・陸奥国白河結城家臣白河常広が、常陸の佐竹氏と相呼応して挙兵し、赤館城を攻略する。
1/19:一揆の攻撃を受け、越前守護桂田長俊が討ち死にする。
1/21:
・越前北庄にいた織田家の三奉行、一揆の襲撃を受けるも、朝倉旧臣の仲介によって岐阜に帰される。
・尼子家臣山中幸盛が因幡私部城を攻略する。
1/24:富田長繁、魚住景固を謀殺する。
1/27:武田勝頼が美濃に侵攻し、明智城を包囲する。(「戦争と日本史14」)
2月:
・武田勝頼が美濃明智城を攻略する。(「戦争の日本史13」)
・上杉謙信が上野明石に到着し、善、女淵、山上城を攻略する。
2/1:織田信長が明智城に向けて援兵を出陣させる。
2/5:織田信長が明智城に向けて、岐阜を出陣する。
2/13:一向一揆が北庄城を攻略する。
2/18:一向一揆が富田長繁を討ち取り、府中城を攻略する。
2/19:一向一揆が越前金津の溝江館を攻略する。
2/20:本願寺坊官下間頼照が越前龍沢寺に対し、龍沢寺とその末寺を安堵する事を通知する。(「戦争と日本史14」)
2/24:織田信長が岐阜に帰陣する。
2/28:一向一揆が平泉寺に攻め寄せる。
3月:
・大友宗麟が肥前龍造寺隆信討伐を発令するも、筑後の諸士らが動員に応じず。(「戦争の日本史12」)
・大友宗麟が筑前高祖城の原田隆種の子親種を誅殺する。
3/20:足利義昭が徳川家康と水野信元に御内書を送り、自身への忠節と織田信長討伐を促す。(「信長と消えた家臣たち」)
4月:徳川家康、三河犬居城を攻めるも攻略できずに撤退する。この際、犬居城主の天野景貫の追撃を受けるも、大久保忠世らの奮戦でこれを退ける。(「定本常山紀談 上」)
4/3:織田信長が筒井順慶に書を送り、本願寺の挙兵に応じて12日の出陣を報じる。(「戦争と日本史14」)
4/15:足利義昭が本願寺に御内書を送る。
5月:
・塙直政、南山城の守護に任じられる。(「信長と消えた家臣たち」)
・武田勝頼が遠江高天神城を包囲する。
・上杉謙信が武蔵羽生城の菅原為繁に書を送り、城の守備を命じて帰国する。
5/5:武田信綱、父信虎の肖像画を描き、画賛を春国光新に依頼した後、大泉寺に収める。
5/20:織田信長が羽柴秀吉に丹後若狭の船を越前敦賀立石浦に移す準備をするように命じる。
6/17:武田勝頼、高天神城を攻略する。この時、城に立て籠もっていた徳川家臣、大河内政房は武田方に下る事を拒否し、城内の牢に監禁される。
7月:
・織田家臣荒木村重が本願寺方の中島砦を攻めるも、退けられる。
・織田家臣長岡藤孝が河内で一向一揆勢を撃破する。
・上杉謙信が武蔵羽生城の菅原為繁、木戸忠朝らに対して、関東への出陣の意向を示す。
7/6:坂本城において三渕藤英父子が切腹する。
7/12:織田信長が伊勢長島城攻略のため、岐阜を出馬する。
7/14:織田信長が、伊勢長島城を包囲する。
7/15:伊勢長島城包囲のため、織田水軍が長島城周辺に到着する。(「戦争の日本史13」)
7/20:織田信長、越前の朝倉旧臣に自身の出陣に際し、忠節を尽くすように求める。(「信長と消えた家臣たち」)
8/2:伊勢長島を包囲する織田軍が城から逃げてきた男女千人余を斬り捨てる。
8/3:織田軍が伊勢長島の大鳥居砦を攻略する。
8/12:織田信長が伊勢長島の篠橋砦を攻略する。降伏した城兵を全て長島城に追い込む。
8/17:越前一向一揆が木の芽峠の砦を襲撃し、これを奪取する。守将の樋口直房は寄手と和議を結び、逐電する。程なく直房は関盛信に討たれる。
8/24:武田勝頼が本願寺に書を送り、近日中に伊勢長島への後詰を行うと伝える。
9月:織田家臣佐久間信盛が、長岡藤孝と共に河内に侵攻し、一向一揆勢を撃破する。
9月以降:織田信長の妹お市の方とその娘三人が、織田信包の伊勢上野城に移る。(「北政所と淀殿」)
10月:上杉謙信が関東に着陣し、上野仁田山城を攻略する。
11月:
・荒木村重が摂津伊丹城を攻略する。
・上杉謙信が武蔵に侵攻し、鉢形、忍、松山から下野足利、上野館林、金山城下を放火し、下野沼尻にて小山秀綱、やなだ晴助と会談した後、小山城から佐竹義重、那須資胤らの参陣を促す。
・北條氏政が下総猿島に着陣し、水海城を攻撃する。
・常陸の佐竹義重が、下総関宿城救援の為に出陣する。
閏11月:
・毛利輝元が、備中の三村氏討伐のため、安芸を出陣する。
・上杉謙信が上野厩橋城を経由して越後に帰国する。武蔵羽生城を破却し、城兵を上野国善、山上城に配備する。
・佐竹義重の仲介で、簗田晴助が、関宿城を北條氏政に明け渡す。
・北條氏政が常陸の小田氏治に書を送り、上杉謙信の撤退と羽生城攻略、関宿城の開城を報じる。
・上杉謙信の斡旋で常陸の佐竹氏と陸奥の白河結城義親、芦名盛隆の和睦が検討されるも、決裂する。
12/19:上杉謙信、剃髪する。高野山の僧清胤を師として護摩灌頂を執行し、法印大和尚に任じられる。(「上杉景勝のすべて」)
12月末:毛利軍が備中国吉城を包囲する。


