元亀三年(1572)
主な出来事
3/12:織田信長が入京する。(「戦争の日本史13」)
5/4:木崎原の合戦 ○島津忠平(義弘)vs伊東祐安●
9月:織田信長が将軍足利義昭に対し、十七ヶ条の意見書を送る。
10月初:毛利氏と浦上氏が和睦を結ぶ。(「戦争の日本史12」)
12/19:武田信玄が二股城を攻略する。
12/22:三方ヶ原の合戦 ○武田信玄vs徳川家康●
死没
3月:佐竹義喬(?:常陸佐竹一族)
5/4:伊東祐安(?:日向伊東一族)
11/12:三木良頼
12/22:
佐脇良之(?:前田利家弟)
鳥居信元(?:徳川家臣)
夏目吉信(?:徳川家臣)
成瀬正義(?:徳川家臣)
平手汎秀(21:織田家臣)
本多忠真(?:徳川家臣、本多忠勝の叔父)
備考、その他
・阿波の三好長治が篠原自頓の讒言を受け、篠原長房の追討を決める。(「戦争の日本史12」)
1/13:将軍足利義昭が、側近の柳沢元政に毛利、浦上、宇喜多三氏の和議の斡旋を指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
1/14:本願寺顕如が武田信玄に太刀などを贈り、織田軍への牽制を依頼する。(「戦争の日本史13」)
1/21:織田信長が、幕府近臣の飯河信堅、曽我助乗に朱印状を送り、摂津、河内方面に柴田勝家を派遣したので、出陣してこれに協力するように要請する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
1/23:織田家臣佐久間信盛が、近江国内の門徒、地侍から、金森、三宅の一向一揆に一味しないように起請文と請書を要求する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
1/31:織田信長が、芦浦観音寺に朱印状を送り、松井友閑に腫物が出来たので、南蛮の医師を派遣するように命じる。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
春:島津水軍が大隅肝付領に侵攻し、麦作を払い、苗代を踏み荒らす。
閏1月:里見義弘が下総船橋方面に侵攻する。(「戦争と日本史10」)
2/8:武井夕庵が、芦浦観音寺に書を送り、信長からの指令に応じず、医師を派遣しない件を咎め、直ちに派遣するよう厳命する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3月:
・将軍足利義昭が、織田信長の京都屋敷の造営を開始する。
・織田信長が摂津長遠寺に七か条の禁制を発行する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/3:織田信長が、近江国人永田景弘に朱印状を発し、北近江への出陣に際し、鍬、鋤を携えて参陣するように指令する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/5:織田信長が北近江に向けて岐阜を出陣する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/6:織田信長が、近江横山城に到着する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/7:織田軍が、北近江の余呉、木之本付近を放火する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/12:
・織田信長が、上洛する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田軍が近江志賀郡に入り、木戸、田中に砦を構築する。
3/21:織田信長が、山城国人御牧摂津守に朱印状を送り、狭山郷の石清水八幡領の違乱をやめるように指示する。。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/24:将軍足利義昭の命により、織田信長の京都屋敷造営の鍬初めが行われる。
4月:
・将軍足利義昭が織田軍の河内高屋城攻めに幕府軍を加勢させる。
・日向伊東氏の侵攻を受け、島津一族北郷時久が馬と人を多く奪われたと記録する。(「雑兵たちの戦場」)
4/4:柴田勝家、佐久間信盛、滝川一益、明智光秀が連署して河内の片岡弥太郎に14日の出陣を報じ、協力を要請する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4/5:
・織田信長が、吉川元春に書を送り、浦上宗景、宇喜多直家との和議を調えるように促す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、小早川隆景に書を送り、鷹を贈られた事に礼を述べる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4/8:木下秀吉、丹羽長秀、柴田勝家、佐久間信盛が連署して伏見惣中に信長の出馬に際する船の供出を命じる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4/13:将軍足利義昭が、側近の柳沢元政に毛利、浦上、宇喜多三氏の和議の斡旋を指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4/14:本願寺顕如が、朝倉義景に出馬を促す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4/18:
・本願寺顕如が、越前の門徒に兵糧を供出させる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・足利義昭が、柴田勝家、佐久間信盛らの戦功を賞する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4/25:織田信長が、大徳寺に朱印状を発する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
5月:本願寺と細川昭元が同盟を結ぶ。
5/8:奈良の町衆、興福寺、東大寺が銀子を織田方に供出する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
5/10:
・本願寺坊官の下間正秀が河内門徒に織田信長の河内侵攻に際して迎撃を命じる。(「戦争と日本史14」)
・本願寺顕如が、朝倉義景と浅井長政に対し、近江坂本への出馬が不可であれば、尾張美濃からの通行の阻止を要請する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
5/7:六角承禎が、足利義昭の側近に書を送り、武田信玄の出馬について言及する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
5/13:将軍足利義昭が武田信玄に御内書を送る。
5/17:武田信玄が松永久秀の家臣岡周防守に書を送り、将軍義昭への忠節に励み、反信長勢力に加勢するよう依頼する。
7月:
・大友宗麟が若林親興ら豊後水軍に命じて伊予飯森城を攻撃させる。
・織田信長が分国内の本願寺門徒に大坂への出入りを禁じる。
7/19:織田信長が浅井氏討伐の為に出陣する。
7/20:織田信長が近江横山城に着陣する。
7/28:浅井長政への加勢の為、朝倉義景が近江に着陣する。
8月:
・柴田勝家と中川重政の代官が所領の件で争い、勝家の代官が殺されるという事件が起こり、織田信長が重政と弟の津田隼人正を改易する。(「信長と消えた家臣たち」)
・将軍足利義昭が武田信玄に対し、織田信長と本願寺との和睦の斡旋を依頼する。(「戦争と日本史14」)
8/10:上杉謙信、長尾顕景に武田信玄、北條氏政が上野国に侵攻するという情報を入手した事を報じ、その防衛に務めさせる。(「上杉景勝のすべて」)
9月:
・織田信長が岐阜に帰陣する。
・島津氏が大隅の肝付、伊知地氏の攻撃を受け、城を奪われるも、島津一族北郷時久が、伊地知一門三人を含めて七十人を討ち多数を生け捕ったと記録する。
9/10:村井貞勝と島田秀満が、吉田社へ織田信長屋敷造営の為の人足を催促する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
9/19:上杉謙信、長尾顕景に春日山城の警備を厳重にするように命じる。
9/22:近江門徒中島惣左衛門が本願寺に武田信玄の出馬を注進する。
9/29:山県昌景率いる武田軍先鋒部隊、甲府を出陣する。
10/3:武田信玄が甲府を出陣する。
10/5:織田信長が武田信玄に宛てて、書を発する。
10/25:村井貞勝と島田秀満が、吉田社に藁を催促する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
11/14:秋山信友率いる武田軍が、美濃岩村城を攻略する。
11/19:武田信玄が朝倉義景に宛てて条書を発する。
11/20:織田信長、上杉謙信に宛てて書を発する。
12月:
・武田勢との決戦を前に徳川家臣鳥居信元と成瀬正義が諍いを起こし、刺し違えんとするも、決戦を前に私事で死ぬ事は不忠であるとし、互いに功名を争った末に討ち死にせんと約束を交わす。両人とも三方ヶ原の合戦で討ち死にする。鳥居は土屋昌次に討たれる。(「定本常山紀談 上」)
・鳥居信元、渡辺守綱は武田勢の様子を物見し、合戦に反対するが、血気に逸る家康に退けられる。
・徳川勢に派遣された織田家の援軍の内、平手汎秀は徳川家康が挨拶に来た際、他の諸将に先んじて挨拶されたことに腹を立て、三方ヶ原では真っ先に突撃したという。(「信長と消えた家臣たち」)
・北條氏政が上杉家との同盟を破棄して、再び武田信玄と同盟を結ぶ。(「戦争と日本史10」)
12/3:朝倉義景が、越前に帰国する。
12/28:武田信玄が朝倉義景に書を送り、三方ヶ原合戦での勝利を報じる。






