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参考文献


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元亀二年(1571)

主な出来事
5/12:織田信長が、伊勢長島討伐のため、岐阜を出陣する。
5/16:織田軍、伊勢長島を撤退するも、一揆の追撃を受け、氏家卜全が戦死する。(「信長と消えた家臣たち」)
6/14:毛利元就が死去する。
8月:出雲新山城が陥落し、出雲国内の反毛利勢力が一掃される。尼子勝久、山中幸盛らは逃亡し、伯耆国内も毛利方に平定される。(「戦争の日本史12」)
9/12:織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちする。(「戦争の日本史13」)
9/13:織田信長が入京して御所を訪ねる。参内の前に勅使の飛鳥井雅教の訪問を受ける。軍勢は引き続き比叡山内の攻撃、放火を続ける。

死没
5/16:氏家卜全(?:織田家臣)
6/14:毛利元就(75:)
8/29:和田惟政(42)
9/4:庄元資(?:備中国人、三村元親の兄)
10/3:北條氏康(57:相模小田原城主)



備考、その他
・上杉謙信、畠山義春を養子として、一門の上条氏を継がせる。(「上杉景勝のすべて」)
・一条氏配下の土佐国人津野定勝が親長宗我部派の家臣団に追放される。後継者には子の勝興が擁立される。(「戦争の日本史12」)
・大隅国の肝付兼亮が日向伊東氏らと連携して、水軍によって薩摩鹿児島を攻撃する。
・肥前の龍造寺隆信が勢福寺城の江上武種を服属させ、隆信の次男家種を養子とする。
1月:
・神戸具盛、近江日野城で拘束され、家督を養子の信孝(織田信長三男)に譲らされる。(「信長と消えた家臣たち」)
・備前の浦上宗景が備前鼻高城主を内応させる。
・備中の三村家親が毛利氏の備前児島天神山への対処について不満を表明する。
1/2:
・織田信長が、木下秀吉に対して、姉川~朝妻間の商人等の通行を止めさせる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、近江の久徳氏、堀氏に書を送り、先月27日の高宮氏との合戦に関して感状を送る。(「織田信長文書の研究 上巻」)
1/23:織田信長が、上杉謙信に書を送り、陸奥に鷹師を二名送る事に関して、道中の安全を依頼する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
2月:
・村上武吉が毛利氏に反旗を翻す。
・陸奥石河一族の大寺石河氏が田村氏に服属する。(「戦争と日本史10」)
・木下秀吉が浅井家臣宮部継潤を寝返らせる。(「戦争と日本史15」)
2/3:織田信長が、朝山日乗を通じて誠仁親王に白鳥を献上する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
2/25:織田信長が、木下秀吉と樋口直房に対して、佐和山城攻略の際に築いた付城の資材を解体して預けるので、これを保管するように命じる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
2/27:上杉謙信が、北條氏政よりの援軍要請に応え、長尾顕景を沼田城に派遣する。
2/28:
・上杉謙信が、武田信玄退却の報を受け、長尾顕景に帰国を命じ、自ら越中に出馬する。
・織田信長が、大友宗麟と小早川隆景に宛てて、大友氏と毛利氏に和睦に関して、将軍足利義昭より、久我宗入を派遣することを報じる。
3月:毛利軍が出雲高瀬城を攻略する。城将米原綱寛を新山城に送る。(「戦争の日本史12」)
3/10:小早川隆景が熊谷信直に書を送り、毛利軍が備前本太城を包囲しており、三好勢の援兵に備えて自ら出馬する意向を伝える。
3/20:織田信長が、上杉謙信に書を送り、畿内の様子に大きな変化がないことを報じ、重ねて鷹師を遣わした事で、その安全を依頼する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4月:
・毛利軍が村上氏の備前本太城を攻略する。
・安房の里見勢が、武蔵金沢郷や相模三崎に侵攻する。(「戦争と日本史10」)
4/11:織田信長が、小早川隆景に書を送り、丹後、但馬の諸氏が出雲、伯耆の尼子氏を支援している件について、将軍と協議して対応し、使者として柳沢元政を派遣することを約す。これに木下秀吉と武井夕庵が副状を出す。副状の中で、毛利元就、輝元を「御父子様」と誤って記載する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
4月末:新山城の尼子勢が羽倉山の毛利勢を攻撃するも、退けられる。
5月:
・浅井長政が姉川に出陣するも、木下秀吉に退けられる。(「戦争と日本史14」)
・篠原長房率いる三好勢が備前児島に上陸し、浦上勢と共に高畠郡を制圧する。
5/12:織田信長が、伊勢長島討伐のため、岐阜を出陣する。
5/16:
・織田軍、伊勢長島を撤退するも、一揆の追撃を受け、氏家卜全が戦死する。(「信長と消えた家臣たち」)
・織田信長が、幕臣の大館上総介に書を送り、長島一揆を赦免したと報じる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
5/28:長尾顕景の臣、栗林政頼が浅貝城を竣工させた事を謙信に報じる。謙信、これを賞する。
6月:
・毛利家臣の湯原春綱が隠岐に渡海し、尼子方の隠岐弾正左衛門尉らを降伏させる。
・常陸の佐竹義重が陸奥岩城領の平城に入り、岩城氏当主権の代行を行う。
・織田信長が、越前白山の別山権現に菅屋長頼を奉行として、鰐口を奉納する。この時「平信長」と称する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田家臣菅屋長頼が、越前白山中居神社に禁制を出す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/4:織田信長が、細川藤孝に書を送り、細川藤賢の身上について、将軍から領地などを安堵されても構わない意向を伝える。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/12:織田信長が、細川藤孝に書を送り、将軍の家来同士で喧嘩が起こったことに関して、知らせに来た使者と明智光秀に自身の意見を申し渡した事を報せた他、青瓜を贈られた事に謝意を示し、これらについて将軍への披露を依頼する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/13:織田信長が、猪子高就に朱印状を送り、分国内に潜伏する一揆を糾明して討ち取るように命じる。また、美濃駒野城主高木貞久家中にも一揆を召抱えている風聞があるので、場合によっては貞久も成敗するように指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/18:織田信長が、猪子高就に朱印状を送り、13日の指令に応じて、早速水谷新兵衛なる者の首を送ってきた事を賞し、22日に上洛する予定である事を報じる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/20:
・織田信長が、猪子高就に黒印状を送り、一揆勢の首を三名送り届けてきた事を賞する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、毛利元就と輝元に書を送り、備前に三好氏配下の篠原長房が侵入してきた件について、意見を述べる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、尾張瑞泉寺に朱印状を送り、その再興を承認し、併せて諸役免除を承認する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/23:織田信長が、水野範直に朱印状を送り、鉄屋大工職及び屋敷の所有を許可する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
7月:小早川隆景配下の水軍が村上氏の伊予能島城を攻撃する。
7/5:
・織田信長が、近江の朽木元綱に書を送り、知行について承認する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、上野秀政と明智光秀に書を送り、曇花院領の大住庄において、領主が女性であるからと不法行為をするのは外聞上よろしくないので、将軍義昭に報告して対処するように指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
7/19:織田信長が、上野秀政と三淵藤英に書を送り、曇花院領の大住庄において、将軍義昭の側近一色藤長による違乱について調査を指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
7/20:曇花院領の大住庄での違乱について、織田信長が上野秀政、三淵藤英に指令した内容に木下秀吉、武井夕庵が添え状を発する。
8/1:松永久秀が織田信長に反し、辰市城の筒井順慶を攻めるも、大敗する。(「戦争の日本史11」)
8/7:織田信長が、意足軒に書を送り、熱田神宮末社の高倉宮の遷宮について、その執行を認め、青銅五千疋を寄付する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
8/16:織田信長が、西尾光教に書を送り、美濃多芸郡の領有を承認する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
8/18:
・織田信長が北近江に向けて出陣する。(「戦争の日本史13」)
・織田信長が、若狭の熊谷直之に書を送り、鰒十個を贈られた件について礼を述べ、倉見庄の知行の件について問い合わせる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
8/29:荒木村重配下の中川清秀、和田惟政を討つ。この時、清秀は合戦を前にして、惟政が自ら淀川の深さを定めんと物見に現れると予想して、対岸に隠れ潜んで、首尾よく討ち取ったという。(「定本常山紀談 上」)
9月:本願寺門徒の立て籠もる近江金森を織田軍が包囲し、門徒は人質を出して降伏する。
9/1:織田家臣の柴田勝家、佐久間信盛が近江志村城、小川城を攻略する。
9/2:北條氏政が、下総国浜村に禁制を発行する。(「戦争の日本史11」)
9/4:毛利方の三村元親が備中佐井田城を攻めるも、退けられ、元親の兄庄元資が討死する。
9/11:織田信長が近江三井寺付近に布陣する。
9/17:
・織田信長が、烏丸光康に朱印状を送り、摂津上牧の領有を承認する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、小早川隆景に書を送り、毛利元就の死去について弔意を示す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
9/25:織田信長が上杉謙信に書を送り、鷹を贈られた事に謝意を示す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
9/27:織田信長が、石清水八幡宮祠官田中長清に朱印状を送り、石清水八幡宮領狭山郷が御牧氏に違乱された件について、これを排除するように指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
9/30:織田信長が、公武御用途のため、洛中洛外の田畑一反につき一升の米を京都妙顕寺に集めるように指示する。この時五~六百通の文書を発給した為、幕府奉行人松田秀雄が公家の山科言継に助筆を依頼する。
10月:
・織田信長が、津島社に朱印状を送り、借金で経済的に困窮しているのであれば、債権者には十年で返済し、この決定に債権者が従わないのであれば、これを処罰すると指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、津島社の神官真野善二郎に朱印状を発し、父兵部の跡職相続を承認する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
10/14:織田信長が、細川藤孝に勝龍寺城の普請を指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
10/15:明智光秀ら織田家臣団が連署して、京都立売組中に米を貸し付け、その利息を宮廷費に宛がう旨を指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
11月:
・常陸木田余城主の小田氏治が、上杉謙信と和睦を締結する。
・下総の千葉邦胤が本佐倉城内の佐倉妙見宮にて元服する。
・安房の里見義弘が下総に侵攻してきた北條勢を破る。
11/1:織田信長が、伊勢三郎に書を送り、幕府政所執事の地位を承認し、合わせて摂津高槻城の在番を指示する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
12月:
・安房の里見勢が、下総に侵攻する。
・織田信長が、佐久間信盛に対して、近江国内の知行宛行状を与える。(「織田信長文書の研究 上巻」)
12/7:織田信長家臣佐久間信盛が、御牧氏家臣の片岡秀俊に書を送り、石清水八幡宮領狭山郷の押領について、来年の織田信長の上洛までに押領を止めるように指示する。信盛家臣日比野長吉が、添え状を出す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
12/11:山科言継が、近江の御料所や門跡領の返還を求める為、京都を発ち岐阜に向かう。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/14:織田信長が、尾張への鷹狩りの為に岐阜を発つ。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/15:山科言継が、岐阜に到着する。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/23:木下秀吉が、山城狭山郷に書を送り、石清水八幡宮領の問題について、来年の上洛で結論を出す意向を示す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
12/25:村井貞勝が、岐阜の屋敷に山科言継を招く。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/28:織田信長が、岐阜に戻り、山科言継と会い、正親町天皇の綸旨と女房奉書を受け取る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)
12/29:山科言継が、村井貞勝を訪ね、細川藤孝、明智光秀らを交えて茶会を催す。その後、織田信長からの使者として松井友閑が山科言継を訪ね、小袖等を贈る。明智光秀も銭二百疋を贈る。(「信長の天下所司代~筆頭吏僚 村井貞勝」)



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