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参考文献


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永禄十年(1567)

主な出来事
1月:足利義栄が従五位下、左馬頭に叙任される。
2/16:三好義継が、松永久秀に通じて三好三人衆方から離脱する。(「戦争の日本史11」)
4月:近江六角氏家中で「六角氏式目」が成立する。
5月:徳川家康の嫡子竹千代(後の信康)に、織田信長の娘、五徳が嫁ぐ。(「信長と消えた家臣たち」)
7/13:上杉輝虎が織田信長に対し、美濃平定を祝う書を送る。
8/15:斎藤龍興が稲葉山城を退去し、織田信長による美濃平定が遂げられる。その後、北伊勢にも軍を進める。
8/23:上総三船山の合戦 ●北條氏政vs里見義弘○
10/10:松永久秀が、東大寺大仏殿に布陣する三好三人衆を夜襲し、これを破る。東大寺大仏殿が炎上する。
11月:織田信長、家臣の坂井利貞に知行宛行状を送る(「天下布武」の朱印状の初見)
11/9:正親町天皇が織田信長に対し、綸旨を発する。「古今無双之名将」と賞賛し、宮廷の領地の回復、天下一統に励むべく督励する。
12月:甲相駿三国同盟が破れ、今川氏真が上杉輝虎に救援を求める。(「上杉景勝のすべて」)


生誕
森長氏(可成五男)

死没
来島通康(48:伊予河野家臣)
5/7:虎御前(?:上杉謙信の母)
8/23:太田氏資(26:北條家臣、武蔵岩付城主)
10/19:武田義信(30)



備考、その他
・武田信玄が、家臣団から起請文を提出させ、これを生島足島神社に奉納する。
・伊予守護河野氏と土佐中村の一条氏が対立、交戦状態となる。(「戦争の日本史12」)
・陸奥石河城主の石河晴光が、居城を退去する。(「戦争と日本史10」)
1/24:公家の山科言継が、武田信虎を訪ねるも不在で帰宅する。
2月:
・毛利元就、孫の輝元と共に出雲から安芸に帰陣する。
・武田家臣内藤昌豊が上野箕輪城に入る。
2/16:三好義継が、松永久秀に通じて三好三人衆方から離脱する。(「戦争の日本史11」)
春:織田信長が、家臣の滝川一益を北伊勢に派遣する。
4月:近江六角氏家中で「六角氏式目」が成立する。
4/7:松永久秀が、堺を出て大和へ向かう。
4/12:三好義継と松永久秀が、堺から信貴山城を経由して多聞城に入る。
4/18:
・滝川一益の奉行人が伊勢大福田寺に禁制を発する。(「戦争の日本史13」)
・三好三人衆が奈良白毫寺に布陣し、筒井順慶と共に多聞城を攻撃する。
4/22:山科言継、半井驢庵らと会い、その後、武田信虎らを交えて酒宴を開く。
4/28:三好三人衆と筒井勢が、奈良天満山、大乗院山に進出する。
5月:連歌師里村紹巴、駿河に下向する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
5/2:三好方の石成友通と池田勝正が東大寺に進出し、念仏堂、二月堂、大仏殿の回廊に布陣し、東大寺戒壇院に布陣した松永勢と交戦する。
5/17:三好、筒井勢が多聞城東方に進出し、城への攻撃を開始する。
5/18:
・松永久秀が、般若寺、文殊堂などを焼き払う。
・松永方の宿院城に三好方の池田勢が夜討ちをかける。
5/23:三好方の池田勢が、宿院城の西にある大豆山に布陣する。
6/5:筒井勢が興福寺の宿坊に布陣して千手院に築城を開始する。
6/15:飛騨の三木良頼が、上杉輝虎に対して織田信長が美濃を平定したとの書を送る。(「織田信長文書の研究 上巻」)
6/18:連歌師里村紹巴、駿府で今川氏真の連歌会に招かれる。
7/7:高橋鑑種討伐のため、大友軍が宝満城の麓に布陣する。
8月:三好三人衆を支援する為、播磨の別所長治が奈良に入る。
8/5:紀伊の畠山勢が、松永氏と提携して、根来衆が和泉に侵攻する。
8月中旬:織田信長が伊勢長島を攻撃する。
8/18:尾張を旅行中の連歌師里村紹巴が夜半、伊勢長島での放火による光を目撃する。
8/25:三好三人衆方の河内飯森城将、松山安芸守が松永久秀に寝返る。
9月:
・伊予河野氏配下の来島、平岡勢が宇和郡立間に侵入し、鳥坂城を築く。この時、来島通康が陣中で病み、帰陣後に死去する。
・松永久秀支援の為、根来衆が大和南部に侵攻する。
9/3:筑前古処山城に立て籠もる秋月種実が休松城を占拠する戸次鑑連をはじめとする大友勢を急襲し、これを奪回する。
9/6:三好三人衆が河内飯森城を奪還する。
9/15:
・近江小谷城主浅井長政が、織田信長の家臣市橋長利を通じて、信長への音信を依頼する。(「北政所と淀殿」)
・松永久秀支援の為、根来集が河内烏帽子形城を攻撃する。
10月:上杉輝虎が、上野沼田城に着陣、下野唐沢山城の佐野昌綱を攻撃し、降伏させる。
10/10:松永久秀が、東大寺大仏殿に布陣する三好三人衆を夜襲し、これを破る。東大寺大仏殿が炎上する。
11/7:本願寺顕如光佐が織田信長に太刀を贈呈する。
11/9:正親町天皇が織田信長に対し、綸旨を発する。「古今無双之名将」と賞賛し、宮廷の領地の回復、天下一統に励むべく督励する。
11/27:三好義継と松永久秀、久通親子による春日社境内への禁制が出される。依頼した興福寺は松永方諸将ばかりか、足軽衆にも樽代を贈る。
12月:
・甲相駿三国同盟が破れ、今川氏真が上杉輝虎に救援を求める。(「上杉景勝のすべて」)
・松永久秀配下の中間源八が、武功を挙げ、侍に取り立てられた上、苗字を与えられ、渡邊新介を名乗る。
12/1:織田信長が、興福寺に書を送り、来年の足利義昭の上洛に協力する旨を表明し、松永久秀とも誓書を交換しているので、協力するようにと要請する。
12月末:土佐一条氏配下の津野定勝が伊予国に出兵する。



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