永禄六年(1563)
主な出来事
1/27:将軍足利義輝が吉川元春に宛てて毛利、大友両氏の和睦締結に尽力するよう要請する。(「戦争の日本史12」)
3/1:細川晴元が死去する。(「戦争の日本史11」)
8/4:毛利隆元が安芸国佐々部で急死する。
10/13:毛利元就、出雲白鹿城を攻略する。城兵は出雲国へ退去し、城将松田誠保は隠岐へ逃れる。
12/20:細川氏綱が死去する。
死没
3/1:細川晴元(50:細川京兆家当主、澄元の子)
8月:三好義興(22:長慶の子)
8/4:毛利隆元(41:元就嫡子、周防・長門・安芸・備後・備中守護)
12月:多田満頼(甲斐武田家臣)
12/20:細川氏綱(51:室町幕府最後の管領)
備考、その他
・信長の側近、坂井道盛(赤川景弘)が信長の小姓、加藤弥三郎、長谷川橋介、山口飛騨守を讒言し、三人に惨殺される。三人はそのまま出奔して徳川家康に身を寄せる。(「信長と消えた家臣たち」)
・三好勢が讃岐の香川氏を攻撃する。
・土佐の長宗我部元親が本山茂辰の本拠朝倉城を攻略する。茂辰は本山郷に逃走する。(「戦争の日本史12」)
・下野の那須資胤と上野桐生城の佐野氏が、上杉輝虎との提携を解消し、北條氏康、氏政に服属する。(「戦争と日本史10」)
1月:
・毛利隆元が防府に着陣する。
・武蔵河越中院の仏地院奝芸が大旦那の太田資正の籠城する松山城の勝利を祈願し、大般若経を真読する。
・安房の里見義堯、義弘親子が下総市川から武蔵に進出する。
1/17:山科言継、京都上御霊神社への参詣帰途、武田信虎を訪ねる。
1/27:大友軍が門司城を攻めるも退けられる。
2月:
・上杉輝虎が武蔵石戸に着陣する。
・北條氏康、武田信玄が松山城を攻略する。
・里見義堯、義弘親子が上総に撤退する。
・下野祇園城の小山高朝、秀綱親子が結城晴朝を通じて古河公方足利義氏に降伏する。
・常陸の大掾貞国が、三村の合戦で北條方の小田氏治に敗れる。佐竹義昭が、大掾氏支援のため、弟昌幹を派遣する。
3月:
・三木自綱、侍従に任ぜられる。
・安芸国廿日市に幕府よりの使者聖護院門跡道増が到着する。
・丹波の柳本勢が京都に侵攻して西ノ京、二条を放火し、将軍足利義輝の奉公衆30騎が、これを迎撃する。(「戦争の日本史11」)
3/1:細川晴元が死去する。
3/26:近衛前久、上杉家家老の直江実綱、河田長親に書を送る。(「流浪の戦国貴族 近衛前久」)
「その後、疎遠の至りに候。そもそも在国中の種種懇切ども、いささかもって忘れず候。しかれば、上洛せしむるみぎり、輝虎より、存ぜらるごとく種々抑留し候といえども、逗留なりがたき仔細ども候故、帰洛に及び候ところ、腹立の由、もっとも余儀なく候。迷惑この事に候。さりながら、心底においては、毛頭疎意なく候。その趣、両三人より申すべく候。ことにそのころは、いよいよ若輩といい、短慮または気任せのみ定めてこれあるべく候。万端用捨に預り、先々のごとく入魂候様に、両人の馳走頼み入り候。幾重も懇望の覚悟浅からず候。輝虎へもわざと内状をもって申し候。無二の執り成し執着たるべく候也。」
4月:
・出雲国津田で毛利、尼子勢が交戦する。
・上杉輝虎が下野祇園城を攻略する。城主の小山秀綱は剃髪して人質を提出する事で赦免される。秀綱の兄結城晴朝が援軍を派遣するも、佐竹、宇都宮勢に敗れて結城城に撤退する。
4/24:美濃の高木貞久、市橋長利を介して織田信長に誼を通じる。(「織田信長文書の研究 上巻」)
5月:
・出雲国大東や伯耆国西部に尼子勢が出兵したため、毛利軍が伯耆国日野郡に増援を送る。
・幕府よりの使者聖護院門跡道増が前権大納言久我愚庵と共に豊後に入り、大友宗麟と毛利氏との和議について交渉して宗麟の同意を得る。
6月:北條氏康が、相模玉縄城の塀普請を村高一貫文について一間として東、三浦、久良岐郡に割り当てる。(「雑兵たちの戦場」)
7月:近衛前久の斡旋で太田資正が民部太夫に、子の氏資が大膳太夫に任ぜられる。
8月:三好義興が死去する。
8/13:毛利元就が出雲国白鹿城への総攻撃を開始する。
10月:近江の六角義弼が、家臣後藤賢豊親子を城内に招いて殺害する。
11月:常陸の佐竹義昭が、下野の那須氏討伐のために出陣する。宇都宮氏配下の塩谷義孝、義綱らが、これに呼応して沢村城を攻撃する。
11/15:
・三河小豆坂にて一向宗徒と松平勢が合戦。この時、一揆方の蜂谷貞次、家康家臣団相手に奮闘するものの、家康本人を前にすると戦場を逃げ出したという。(「定本常山紀談 上」)
・尼子勢が伯耆国弓ヶ浜で毛利軍に夜討ちをかけるも退けられる。
12月:
・上総の里見義弘が、下総国府台に布陣し、北條方の太田資康が離反する。
・武田信玄が上野倉賀野城を攻撃する。
12/4:長尾政景、大窪歌代神五郎に梵鐘鋳造の業を許す。(「上杉景勝のすべて」)
12/20:細川氏綱が死去する。
閏12月:
・讃岐国財田で三好氏配下の阿波大西衆が香川勢と交戦する。
・武田、北條連合軍が上野金山、下野足利に侵攻する。
・上野厩橋に着陣した上杉輝虎が、小泉城の富岡重朝と金山城の由良成繁に対して書を送り、和田城を攻撃する。


