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参考文献


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永禄五年(1562)

主な出来事
・大友義鎮が剃髪して宗麟を号する。
1月:豊後の大友義鎮が使僧を京都に遣わし、幕府に毛利元就の北九州進出を訴える。(「戦争の日本史12」)
2月:北條氏康、武田信玄と協力して武蔵松山城を攻略する。
2月中旬:上杉輝虎、古河城から近衛前久、上杉憲政を伴って厩橋城に撤退。
3/5:久米田の合戦 ○畠山高政vs三好実休(義賢)● 実休は討ち死にする。
3/6:将軍足利義輝、三好義興、松永久秀らが京都を退去し、六角承禎が入京する。(「戦争の日本史11」)
4月:上杉輝虎が、近衛前久、上杉憲政を伴って越後へ帰国する。
6月:石見国山吹城主本城常光が毛利氏に降伏する。
6/2:三好長慶と六角承禎とが、和睦する。
8/2:近衛前久、京都に帰り参内する。
11月:大友家臣高橋鑑種が毛利元就に内通して挙兵する。
11/5:毛利元就が石見山吹城主本城常光を誅殺する。

生誕
大国実頼(上杉家臣、直江兼続の弟)

死没
3/5:三好実休(36:長慶の弟)
5/19:湯川直光(?:紀伊国人)
9/11:伊勢貞孝(?:幕府政所執事)
10/13:赤川元徳(?:毛利家臣)、冷泉元豊(?:毛利家臣)



備考、その他
・上杉輝虎、越後国分寺五智如来堂を再興する。(「上杉景勝のすべて」)
・日向で伊東義祐と肝付兼続が連携して島津忠親を攻撃し、伊東氏が飫肥、肝付氏が志布志をそれぞれ占拠する。(「戦争の日本史12」)
・常陸の佐竹義昭が、府中城の大掾貞国の妹を妻に迎える。(「戦争と日本史10」)
1月:
・毛利隆元、小早川隆景が豊前国から石見に転戦し、毛利元就、吉川元春に合流する。
・上杉輝虎が上野安中にて武田勢と交戦する。
・松永久秀が、多聞山城にて茶会を行う。
2月:
・松山城救援に失敗した上杉輝虎が、北條武田両氏に決戦を申し入れるも、武田信玄と北條氏康はこれに応じず。(「定本常山紀談 上」)
・上杉輝虎が上野館林城、下野唐沢山城を攻略する。
・毛利軍が川上松山城を攻略し、音明城に攻め寄せ、城主福屋隆兼は城を脱出する。
2/11:三木良頼、従三位に叙任される。近衛前嗣の尽力によるものの、中納言任官は許可されなかった。
2/13:上杉輝虎、養子顕景(後の景勝)に在陣中の関東から習字の手本をはじめとした書を送る。
2月末:毛利元就が一旦赦免した石見音明城の福屋一族を討ち果たす。
3月:
・下総の千葉胤富が、里見家臣正木時忠の小見川城を攻撃する。
・六角氏が京都大徳寺に禁制を発行するも、配下の足軽の狼藉が止まないため、家臣の三雲成持、後藤賢豊が寺の警固を行う。
3/5:久米田の合戦 ○畠山高政vs三好実休(義賢)● 実休は討ち死にする。
3/6:将軍足利義輝、三好義興、松永久秀らが京都を退去し、六角承禎が入京する。(「戦争の日本史11」)
4月:北條氏康が里見勢に占拠された下総葛西城を奪回する。
5月:足利藤氏が古河城を退去し、房総の里見氏の元に逃れる。
5/19、20:三好長慶が、河内長興寺で畠山方を撃破し、根来衆の湯川直光を討ち取る。畠山高政は高屋城を退去する。
6月:出雲国瀬戸山城主赤穴久清が毛利氏に帰参した他、伯耆国では山名藤幸が挙兵し、尼子方の中井久家、米原綱寛を出雲に追う。
6/2:三好長慶と六角承禎とが、和睦する。
7月:
・毛利元就、吉川元春に率いられた軍勢が出雲赤穴に陣を進める。
・大友方筑前岩屋城将高橋鑑種が毛利方に寝返る用意があることを内々に伝える。元就、隆元親子が「存じも依らざる儀申し越し候」と驚く。
・上杉輝虎が越中に出陣する。
8月:
・出雲鴟巣城を毛利軍が攻略する。
・豊前下毛郡で戸次鑑連を大将として、大友軍が編成される。
・幕府政所執事伊勢貞孝が京都を出奔し、丹波で挙兵する。
・松永久秀が山城国南部及び大和国において徳政令を発する。
8/6:毛利隆元が、備後守護職に任じられる。(「人物叢書 山名宗全」)
8/11:近衛前久、上杉家家老の河田長親、長尾満景、直江実綱、本庄入道慶秀の四人に宛てて礼状を送る。
8/12:松永久秀が、奈良多聞山城の棟上式を行う。
9月:
・三河八幡にて徳川勢と今川勢が合戦し、引き分ける。この時、渡辺半蔵守綱、今川勢の追撃を十度に渡って取って返して反撃し、味方の矢田作十郎を肩に担いで引き上げる。これらの戦功によって「槍の半蔵」と称されるようになる。(「定本常山紀談 上」)
・戸次鑑連率いる大友軍が豊前苅田松山城を包囲攻撃するも、攻略はならず。
・武田信玄が上野国に侵攻する。下野の宇都宮広綱にこれを報じる。
・北條氏康が武蔵甲山に進出し、松山城を包囲する。
9/11:三好義興と松永久秀が、丹波で伊勢貞孝父子を討ち取る。
10月:
・近衛前久の斡旋により、由良成繁が信濃守に任ぜられる。
・武田信玄が北條氏康と合流し、共に松山城を包囲攻撃する。
10/13:戸次鑑連率いる大友軍が門司城を攻めるも、毛利軍がこれを迎撃して退ける。この時、毛利方の赤川元徳、冷泉元豊が討死する。
11/9:上杉輝虎、関東出陣に際し、長尾政景に春日山城の留守居を命じる。同日、政景は河田長親に起請文を出す。(「上杉景勝のすべて」)
12月初:上杉輝虎が上野沼田城に到着する。
12月末:出雲に在陣中の毛利隆元が北九州に転戦する。



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