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参考文献


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永禄二年(1559)

主な出来事
4/27:長尾景虎が上洛する。
5/1:長尾景虎が参内して正親町天皇に拝謁する。(「上杉景勝のすべて」)
6月:大友義鎮が豊前、筑前守護職に任じられる。(「戦争の日本史12」)
11月:大友義鎮が九州探題職に任じられ、滅亡した大内氏家督の継承も幕府に認められる。

生誕
お船の方(直江実綱娘、兼続室)
五徳姫(織田信長娘、徳川信康室)
藤田信吉(上杉~徳川家臣)
3/6:徳川信康(徳川家康長子)

死没
1/11:少弐冬尚(31:肥前勢福寺城主)
4/2:問註所鑑豊(?:大友家臣)
11/10:両角虎城(甲斐武田家臣)

備考、その他
1月:秋月種実が筑前古処山城を奪還して、大友氏に対抗する。(「戦争の日本史12」)
1/8:武田信虎、山科言継より新年の挨拶を受ける。
1/11:龍造寺隆信が肥前勢福寺城を攻略し、少弐冬尚を討つ。少弐氏が滅亡する。
1/29:武田信虎、山科言継の訪問を受けるも留守。
2月:
・筑紫惟門が筑前五箇山城を奪還して、大友氏に対抗する。惟門は兵を博多に送り、代官を殺害して一時的に占拠する。
・毛利元就、隆元、吉川元春、小早川隆景らが備中に出陣し、成羽上の三村家親を救援して猿懸城の庄為資を攻撃する。
・織田信長が上洛する。
2/2:公家の山科言継がその日記で、織田信長の上洛について「五百計云々、異形者多云々」と記す。
3月:
・肥後相良勢が合戦し、敵20人余を討ち取り、あるいは生け捕る。(「雑兵たちの戦場」)
・北條氏康が家臣の北條綱成、康成らを相模浦賀に配備する。(「戦争と日本史10」)
4/2:筑前侍島で筑紫勢と大友勢が交戦し、大友家臣問註所鑑豊が討死する。
4/3:長尾景虎、五千の兵を供として、京都に向けて越後を発つ。
4/5:武田信虎、錫杖を持参して山科言継に見せる。言継、信虎に一盞を差し上げる。
4/9:松平元康、大高城に兵糧を搬入する。この時、元康は大高城を包囲する砦の内、寺部、梅ヶ坪に四千人ばかりで攻めかかり、他の砦の兵が後詰に出た折を見計らって約八百人の別働隊を自ら率いて兵糧を無事、大高城内に運びいれたという。(「定本常山紀談 上」)←永禄三年5月の誤記?
4/20:長尾景虎、近江坂本に到着する。
4/21:近衛植家、前嗣父子、近江坂本へ長尾景虎を出迎える。
5月:毛利軍が石見国に侵入する。
5/1:長尾景虎、参内する。
5月下旬:長尾景虎、足利義輝に拝謁する。
6月:
・大友義鎮が豊前、筑前守護職に任じられる。(「戦争の日本史12」)
・毛利軍が小笠原長雄の立て籠もる石見河本温湯城の支城を攻略する。
・毛利氏の支援を受けた大内旧臣貫元助が豊前門司城を攻略する。
・三好長慶が、河内に出陣する。(「戦争の日本史11」)
・大和法隆寺が三好長慶に十貫四百文もの礼銭を支払い、禁制を入手する。
6/11:将軍足利義輝、近衛前嗣に対し「密事に関して、一切他言しない」旨、誓紙を出す。
6/16:将軍足利義輝、将軍と長尾景虎双方の仲違いを策す者がいる旨、側近の大館輝光を介して景虎に知らせる。
6/21:近衛前嗣と長尾景虎、互いに血書した誓紙を交換する。(「流浪の戦国貴族 近衛前久」)
 ・景虎を頼り、前嗣が越後に下向する。
 ・景虎と共に行動し、別心を抱かない。
 ・密事を他言しない。
 ・景虎の在京中も、諸事、協力する。
 ・中傷や噂話の類に際しては、互いに話し合って処理していく事。
 ・互いに心を開くに至るからには、無礼な事があっても遺恨を抱かない事。
6/26:将軍足利義輝、四通の御内書を長尾景虎に発行する。
 ・書状に裏書を記す事を不要とする。
 ・塗輿の使用を許可する。
 ・関東管領上杉憲政について、今後、意見を加えながら協力すべき事。
 ・信濃の諸将に関する甲斐武田家との争いについては、景虎が意見すべき事。
7月:出雲の尼子晴久が石見小笠原氏への救援のため、温泉津に着陣し、川上松山城に軍勢を差し向けるも、毛利方の反撃に遭う。
7/14:将軍足利義輝、翌年、正親町天皇の即位式が行われる事を理由に、関白近衛前嗣の、それ以前の越後下向に反対の意を表す。
8月:
・石見河本温湯城の小笠原長雄が毛利元就に降伏する。
・豊前上毛郡の西郷隆依が大友氏に背き、大友方の佐田隆居らの攻撃を受ける。
・三好長慶が、紀伊から畠山高政を招いて高屋城に入れる。
・将軍足利義輝が洛中に邸宅を築く為、北野社地下中から人夫を徴発する。
8/1:武田信虎、将軍足利義輝に拝謁する。
9月:
・武田晴信、剃髪して信玄を称する。
・田原親宏、親賢らに率いられた大友勢が門司城を攻略する。
・肥後相良勢が合戦し、忍びを送り込み、漁をしている者3人余を討ち取り、8人を生け捕る。
9/25:大友方の宗像鎮氏が毛利方宗像氏貞の立て籠もる許斐城を攻略する。氏貞は大島に脱出する。
10月:
・飛騨三木氏、飛騨国司の勅許を受ける。関白近衛前嗣の尽力による。
・大友氏が豊前宇佐郡の佐田隆居の戦功を賞する。
10月初旬:長尾景虎、京都から越後に帰国する。
10/12:武田信玄、飛騨の麻生野右衛門大夫宛に百貫の所領を与える。
10/28:越後の諸将、長尾景虎の帰国を祝い、太刀を献上する。(「上杉景勝のすべて」)
12月:三好長慶の嫡子孫次郎が、将軍足利義輝の偏諱を受け、義長(後義興)を名乗る。
12/1:武田信虎、公卿らと共に将軍足利義輝に拝謁する。



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