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参考文献


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天文十一年(1542)

主な出来事
3/17:太平寺の合戦 ○三好長慶vs木沢長政● 木沢長政は討ち死にする。
4/8:将軍足利義晴、新築の御所に入る。
6月:大内義隆、出雲国へ侵攻し、瀬戸山城を包囲する。(「戦争の日本史12」)
11/14:後奈良天皇の綸旨により、法華二十一箇寺の帰京が許される。

生誕
各務元正(兵庫助、森家家臣)
徳川家康(江戸幕府初代将軍)

死没
木沢長政(?:河内、山城国守護代)
6/7:熊谷直続(33:毛利家臣、三入観音寺城主)
7/21:諏訪頼重(27:信濃上原城主)
7/27:赤穴光清(50:尼子家臣、出雲後瀬山城主)
12/24:長尾為景(66?:越後守護代、上杉謙信の父)



備考、その他
・伊予国湯築城主河野通直、晴通親子の対立が表面化する。(「戦争の日本史12」)
・小豆坂の戦い ○織田信秀vs今川義元●
1月:石山本願寺が、年頭の挨拶を畠山在氏、政国双方に行う。(「戦争の日本史11」)
1/7:冷泉為和、甲府の武田晴信邸の歌会始に参加する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
3/18:木沢長政の首が将軍足利義晴の下に届けられる。(「戦争の日本史11」)
4月:大内水軍が伊予国棚林要害を攻撃する。
6/7:出雲国瀬戸山城での攻防戦で、毛利家臣熊谷直続が討死する。
7月:
・幕府が豊後国の大友義鑑に伊予国の河野通直、晴通親子の和談を促すように依頼する。
・甲斐の武田晴信が信濃国諏訪に侵攻し、諏訪頼重を討つ。(「戦争と日本史10」)
7/27:大内軍の攻撃で、出雲国瀬戸山城主赤穴光清が討死し、程なく後瀬山城は開城する。



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