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参考文献


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天文五年(1536)

主な出来事
・越後守護代長尾為景が、長子の晴景に家督を譲る。(「上杉景勝のすべて」)
2/11:比叡山の僧華王坊、上総出身の法華宗徒松本久吉と宗論し、論破される。(「天文法華の乱」)
3月:武田太郎が元服、将軍足利義晴の諱を受け、晴信と名乗る。同時に左京太夫にも任官される。
5月:大内義隆、朝廷から太宰大弐に任じられる。(「戦争の日本史12」)
5/25:駿河今川家中で御家騒動が起きる(花倉の乱)。氏親三男の梅岳承芳が還俗して義元を名乗り、玄広恵探と家督を巡って争う。
5/29:近江守護、六角定頼が比叡山と法華宗の調停に乗り出す。
6/1:比叡山延暦寺、大講堂にて法華宗討伐を決定する。
7/27:山門、六角勢が総攻撃、法華一揆は大敗して堺へ逃げ延びる。下京の大半と上京の三分の一が放火される。
9月:細川晴元が、三好仙熊丸(長慶)、波多野秀忠、木沢長政らを従えて上洛する。(「戦争の日本史11」)
閏10月:洛中での法華宗禁止の制が下される。

生誕
近衛晴嗣(前久)
千坂景親(上杉家臣)
3/10:足利義藤(義輝)

死没
宇喜多興家(直家の父)
3/17:今川氏輝(24)、今川彦五郎(20:氏輝の弟)
6/14:玄広恵探(20)
8/29:細川晴国(?:高国の弟?)
12/29:少弐資元(46:少弐氏第十六代当主)



備考、その他
・尼子家臣亀井安綱が北近江の浅井亮政に備中、美作両国の平定と、翌年の播磨遠征を報じる。(「戦争の日本史12」)
・出雲国尼子氏が備後甲山城主山内直通を服属させる。
・安芸国頭崎城主平賀興貞が尼子氏に通じて、大内氏に属する父弘保と対立し、大内家臣弘中隆兼が弘保加勢の為に出兵する。
1/17:武田太郎が従五位下に叙任される。
2月:冷泉為和、小田原に下向する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
2/22:本願寺証如光教、京都で山門と法華宗の対立の噂を入手する。
3月:摂津中島門徒が挙兵して細川晴元方の三好伊賀守と伊丹衆を攻撃する。敗れた晴元方は木沢長政を頼って敗走する。
6月:武田信虎、家臣の前島一族を処断する。これに反発した奉行衆が国外へ退去する。更に相模国津久井郡に侵攻し、略奪などを行う。(「武田信虎のすべて」)
6/2:比叡山延暦寺、法華宗討伐に関して、援助を求める檄文を発する。宛先は園城寺、教王護国寺、高山寺、平泉寺、朝倉氏、祇園社、興福寺、粉河寺、高野山大伝法院、本願寺、中禅寺。
6/14:玄広恵探が自刃する。
6/19:木沢長政、法華社寺に宛てて書を送り、京都での問題には関われない旨を通告する。
6/26:木沢長政、大和信貴山に築城する。
7月:今川義元の斡旋で三条公頼の息女を武田晴信が正室に迎える。
7/2:将軍足利義晴、越前の朝倉、若狭の武田両氏に対し、京都の警固を依頼する。
7/9:木沢長政、家臣の若井出雲守を上洛させ、法華宗と叡山の和議調停に乗り出す。
7/11:醍醐寺にて木沢、六角両氏の使者が法華宗と叡山の和議について相談する。
7/17:本願寺、坊官横田出雲守を比叡山に派し、三万疋の銭を献ずる。
7/21:木沢長政と中島門徒の抗争に関して、本願寺が和睦の仲裁に入る。
7/22:法華一揆、京都近郊を打ち廻る。
7/23:洛中各所の法華一揆が布陣、六角氏は東山山麓に布陣する。
7/24:諸方面より法華一揆が出撃するが、小競り合いに終始する。
7/25:
・法華一揆優位のうちに京都での戦況が推移する。
・木沢長政と中島門徒の抗争に関し、中島門徒が木沢長政とは礼物には応じるが、所領に関して妥協はしないという条件を主張する。
7/26:法華宗と山門の和議の噂が流れる。
7/27:本願寺が中島門徒に再度、木沢長政との和睦を呼びかけるも拒否される。
7/28:本願寺証如が中島門徒を破門すべきか、木沢家臣の若井出雲守に打診するも、必要がない旨、返信を受ける。
7/29:木沢長政が摂津中島に侵攻したのに対し、本願寺が使者を送る。更に長政の要請を受けて、兵糧を渡し、輸送船の便宜を図る。
8/25:将軍足利義晴が、本願寺赦免の意向を表明する。(「戦争と日本史14」)
8/29:細川晴国が摂津天王寺で三宅国村の裏切りに遭い、自害して果てる。(「戦争の日本史11」)
8/30:本願寺に細川晴元配下の山中蔵人より、細川晴国の死が伝えられる。
9月:大内義隆、陶道麒を肥前に派遣する。
9/5:本願寺が細川晴元に対し、晴国滅亡を祝する使者を送る。
9/17:駿河の今川義元が、安養寺に五ヶ条の置き目を定める。(「雑兵たちの戦場」)
9/20:将軍足利義晴よりの赦免に対する御礼言上のため、本願寺坊官下間頼慶が上洛する。
10/25:木沢長政が、本願寺証如に対して、摂津、河内の本願寺坊舎の再興依頼について、河内に関しては細川分国ではないので、守護畠山在氏、守護代遊佐長教に届けを出すようにと回答する。
11月:三好利長(長慶)が、京都の邸に細川晴元を招き、猿楽を催す。
12/19:幕府奉行人飯尾盛就が本願寺に将軍足利義晴の上洛を祝うにあたって、本願寺が挨拶への贈答品について相談した事に対し、京太刀で構わないと助言する。
12/29:大内軍、肥前国多久城を攻略し、少弐資元は自害する。



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