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参考文献


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享禄五年~天文元年(1532)

主な出来事
5/19:畠山義尭、飯森山城に立て籠る木沢長政を包囲する。(「天文法華の乱」)
6/5:本願寺法主証如光教ら首脳部が山科から石山に下向し、摂津、河内、和泉三ヶ国の門徒に飯森山城救援を指示する。
6/20:一向宗門徒、10万の大軍で堺を包囲攻撃し、三好元長が切腹して果てる。
7/29:天文に改元する。
8/23:細川、六角、法華一揆の連合軍が山科本願寺を包囲攻撃する。
8/24:山科本願寺が焼き討ちされる。
9月:今井信元、武田信虎に降伏し、武田信虎による甲斐国統一が達成される。


生誕
大石綱元(上杉家臣)
武田信廉(信玄弟)
温井景隆(越中国人)

死没
1/22:柳本神二郎(19:賢治の子)
6/17:畠山義尭(?)
6/20:三好元長(32:長慶の父)



備考、その他
・小山田信有、居館を新たに谷村に造営、武田信虎をはじめ、武田家臣団が館を訪問する。
・織田信秀、主君である守護代、織田大和守達勝と対立するも講和を結ぶ。
・豊後の大友義鑑が将軍足利義晴支援のためと称して大内義隆包囲網の形成を画策する。(「戦争の日本史12」)
・大内方の原田隆種の拠る筑前国高祖城が、大友方臼杵鑑続の攻撃を受ける。
・常陸の江戸通泰、忠通親子が小幡城を攻略する。(「戦争の日本史10」)
・陸奥の蘆名盛舜が、会津田島城の長沼氏を攻撃する。
1/22:三好元長、下京に軍を入れ、柳本神二郎(賢治の子)を殺害する。(「天文法華の乱」)
3月:細川持隆が、晴元と義絶して阿波に帰国する。(「戦争の日本史11」)
5月:出雲国の尼子氏が美作国人三浦氏攻撃のため、備中国人新見氏に加勢を要請する。
6/15:一向宗門徒3万人が石山本願寺に終結し、飯森山城救援に向かう。畠山義尭、高屋城に逃走するが、門徒に包囲され、城を脱出する。
6/17:畠山義尭、一向宗門徒に潜伏先を包囲され、切腹して果てる。
6/19:三好元長が、妻子を堺から脱出させる。
7/13:毛利元就をはじめ、一族家臣32名が連署して起請文を認める。(「雑兵たちの戦場」)
7/16:奈良で一向一揆が蜂起する。
7/23:将軍足利義晴が、内談衆大館高信を通事、法華宗本満寺に軍勢の催促を行う。
7/30:一向宗徒が大和高取城を包囲する。
8月:
・豊後国守護大友義鑑、同国毛井村衆中に書を送り、豊前、筑前両国への出陣を表明する。
・細川晴元方の摂津国人茨木長隆が、念仏寺に宛てて、本願寺を避難しつつ、合力を依頼する。(「戦争の日本史11」)
・一向一揆の攻撃を受けた興福寺が、山城国の田山長門守を通じて伊賀衆の支援を依頼する。
8/4:木沢長政配下の軍兵が一向一揆と喧嘩を起こす。木沢勢、報復として堺近郊の一向宗浅香道場を放火焼き打ちする。
8/5:一向一揆勢、堺と池田城を包囲する。木沢長政が、堺を包囲する一向一揆を撃退する。
8/7:京都本国寺に細川方軍兵、法華宗徒が集結する。
8/8:
・木沢長政らの援兵が高取城に到着して一向宗徒を撃破する。
・一向一揆が、堺北荘を攻撃するも、細川晴元方に退けられる。
8/9:一向一揆方の奈良の街が焼き払われる。
8/10:法華宗徒ら、京都東山の一向宗道場を焼き打ちする。
8/11:近江六角氏が細川晴元、及び法華宗徒に味方するのを決め、坂本に布陣する。
8/12:大津が六角勢によって焼き打ちされる。
8/15:本願寺門徒が清水寺、清閑寺あたりに進出するも、撤退する。(「戦争と日本史14」)
8/16:京都近郊鹿ヶ谷付近で一向一揆と法華一揆が衝突し、一向一揆が敗れる。
8/17:
・京都南方で一向一揆と法華一揆が衝突し、一向一揆が敗れる。
・将軍足利義晴が法華宗寺院本満寺に対して軍功を賞する御内書を発する。
8/19:
・大坂石山から京都を目指した一向一揆二千余が山崎近郊で細川勢、法華一揆と合戦し、一向一揆が敗れる。
・本願寺証如が、摂津富田道場に山科本願寺への支援を要請する。
8/23:奈良で一向一揆が蜂起するも大敗する。
8/26:山科本願寺の焼け跡から黄金数百両が掘り出され、郷人の奪い合いとなり、数十人の死者が出る。
9月:
・大友方の立花親貞と宗像氏延が挙兵するも、大内方の河津隆業に敗れる。
・大友義鑑、大内方の豊前宇佐郡代佐田朝景を味方に誘うも、拒絶される。(「戦争の日本史12」)
9/7:摂津守護代薬師寺国長率いる細川晴元勢が、山崎口で一向一揆勢と交戦し、敗退する。
9/12:細川晴国の軍勢が京都鞍馬口に布陣、法華一揆が追い払う。
9/28:細川晴元配下の薬師寺国長、柳本信尭、一宮堅成らが山崎で一向一揆に大敗する。以降、山崎の防衛は法華一揆が務めるようになる。
10/4:豊後大友勢が豊前佐田郡に侵攻する。
10/14:薬師寺国長、柳本信尭、一宮堅成ら細川晴元配下の国人衆が丹波の細川晴元討伐に出陣する。
10/20:公家の鷲尾隆康が日記に「天下乱るるの躰、麻のごとし」と記す。
10/30:豊後大友勢が豊前妙見岳城を攻めるも退けられる。
11/9:豊後大友勢が豊前妙見岳城を攻めるも退けられる。
11/14:豊後大友勢が豊前妙見岳城を攻めるも退けられる。
12月:
・大内勢が水軍を豊後国に派遣し、大友氏を牽制する。
・京都で土一揆が蜂起するも、鎮圧される。
12/22:薬師寺国長ら、法華一揆と共闘して摂津教行寺、光照寺、光焔寺の一向宗道場を焼き討ちする。池田、伊丹氏も細川晴元に与して挙兵する。








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