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参考文献


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大永八年~享禄元年(1528)

主な出来事
・細川晴元、三好元長を山城国守護代に任ずる。(「天文法華の乱」)
5/14:細川高国が、近江に退去する。(「戦争の日本史11」)
5/28:足利義晴が、近江坂本に退去する。
7月:安芸国門山に在陣していた大内義興が病を得て周防国山口へ帰国する。(「戦争の日本史12」)
8/20:享禄に改元する。
8月晦日:境川の合戦 ○諏訪頼満vs武田信虎●

生誕
魚住景固(朝倉~織田家臣)
北畠具教
佐久間信盛(織田家臣)

死没
2/14:山名誠豊(?:但馬守護)
12/20:大内義興(52:室町幕府管領代、周防、長門、安芸、石見、豊前、筑前、山城国守護)



備考、その他
・武田信虎が甲斐国内に徳政令を出す。
・少弐資元、子の冬尚に家督と太宰少弐を譲って肥前勢福寺城に置き、自らは多久城に入り、大内氏との対決姿勢を打ち出す。(「戦争の日本史12」)
・但馬、備後国守護山名祐豊が反尼子の姿勢を示し、備後に進出した尼子勢を退けた同国国人衆を賞する。
・陸奥の蘆名盛舜が葛西氏の日和山城を攻撃する。(「戦争と日本史10」)
・下野足利の長尾憲長が、古河公方足利高基の子亀王丸(晴氏)の元服に際し、将軍足利義晴からの一字拝領について、越後守護代の長尾為景に仲介を依頼する。
1/28:三好元長と細川高国が和睦を模索するも、柳本賢治、細川晴元がこれに異を唱える。(「戦争の日本史11」)
2/14:但馬守護山名誠豊が死去し、養子の祐豊(致豊の子)が家督を継ぐ。(「人物叢書 山名宗全」)
8/22:武田信虎が金刺昌春を擁して信濃国諏訪に侵攻する。
8/26:甲斐武田勢と信濃諏訪勢が青柳で対陣する。
10月:柳本賢治が、河内高屋城の畠山稙長を攻撃する。
11/11:柳本賢治が、高屋城を開城させる。畠山稙長は高屋城を出て金胎寺城に退去する。








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