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参考文献


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大永六年(1526)

主な出来事
7/12:細川高国が香西元盛を自邸に誘殺する。(「戦争の日本史11」)
11月:波多野元清が丹波八上城に、柳本賢治が同神尾山城に立て籠もり、細川高国から離反する。


生誕
須田満親(上杉家臣)
長尾政景(上杉景勝の父)
松平広忠(徳川家康の父)

死没
4/7:後柏原天皇(62)
7/12:香西元盛(?:細川高国家臣)
7/23:冷泉為広(77:歌人)

備考、その他
・この年、武田氏と北条氏の和睦締結が試みられるも合意に至らず。また、武田信虎が上洛するという噂が流れる。
・薩摩、大隅、日向守護の島津忠兼が一族の忠良に国政指南を求め、その子貴久を養子に迎える。(「戦争の日本史12」)
・北條氏綱が伊豆一宮の三島社再興の造営工事を行う。(「戦争と日本史10」)
2/19:冷泉為和、春日祭上卿を勤める。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
3月:連歌師宗長、尾張国守山の松平与一信定の館で千句を興行する。清洲の織田筑前守、伊賀守の同名衆と坂井摂津守が参加。宗長は坂井摂津守の館に泊まる。また、同国津島の正覚院に泊まった際、織田三郎(信秀)の挨拶を受ける。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/27:武田信虎、一条小山砦(現在の甲府城址)普請のため、同地にある一条道場(一蓮寺)を移転させる。
5月:
・冷泉為広、畠山義総に古今伝授を行うため、能登国に下向する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
・両上杉勢が北條方の蕨城を攻略する。上総の真理谷武田、安房の里見勢も上杉勢に呼応して東京湾を渡って武蔵品川に侵攻する。(「戦争と日本史10」)
7/12:細川高国が香西元盛を自邸に誘殺する。(「戦争の日本史11」)
7月晦日:武田勢と北条勢が籠坂峠の麓梨木平で合戦し、武田方が勝利を収める。
9月:
・大友家臣田原親董が如法寺六郎に安芸国における戦功を賞する。
・両上杉勢が北條方の武蔵小沢城を攻略する。
10/21:細川高国家臣波多野元清(香西元盛の兄)、柳本賢治(元盛の弟)が出奔して丹波に帰国する。
11月:
・両上杉勢が北條方の相模玉縄城を攻撃する。
・波多野元清が丹波八上城に、柳本賢治が同神尾山城に立て籠もり、細川高国から離反する。
11/30:丹波に侵攻した細川高国方の軍勢が敗走する。
12月:
・下野で宇都宮興綱が忠綱を追放して当主となる。
・細川六郎(晴元)方の軍勢が、阿波から摂津中島に上陸する。



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