大永五年(1525)
主な出来事
3月:毛利元就が尼子氏を離反し、大内氏に味方する事が明らかとなる。(「戦争の日本史12」)
死没
2/2:本願寺実如(68:本願寺九世法主)
3/25:上杉憲房(59:関東管領)
10/23:細川稙国(18:高国の子)
備考、その他
・武田信虎、相模国津久井城を攻める。また、関東管領上杉氏と和睦する。
2月:北條氏綱が上杉氏との和睦を破り、岩付城を攻略する。(「戦争と日本史10」)
2/2:本願寺法主実如が死去する。その際、諸国の武士との対立や所領を巡る訴訟を禁じ、王法と親鸞依頼の仏法の損遵守を遺言する。(「戦争と日本史14」)
3月頃:北条氏綱と武田信虎が和睦し、氏綱が信虎に銭千貫文を送る。
3/10:越後の長尾為景が北条氏綱に鷹三羽を送るため、甲斐国への使者の通行を依頼するも、信虎は「為景に遺恨あり」として、これを拒否し、鷹を抑留する。後、一羽だけが氏綱の元に届く。
3/24:内裏で和歌御会始が催される。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
4月:大内家臣陶興房が毛利家臣志道広良と共に安芸国野間氏を攻撃する。
4/1:諏訪頼満に追放された金刺昌春(諏訪大社下社大)が武田信虎を頼り甲府に来る。信虎、昌春に屋敷を与える。
4/21:細川高国が、道永と号して出家し、家督を子の稙国に譲る。(「戦争の日本史11」)
6月:安芸国人野間氏が陶興房に降伏し、志和米山城の天野氏も毛利元就らの仲介で大内氏に服属する。
8月:
・安芸国武田勢が天野氏を攻撃する。
・武蔵白子原で両上杉と北條氏綱が交戦する。
10/23:細川稙国が死去し、父高国が家督に復帰する。
12月:
・大内家臣陶興房が安芸国阿曽沼氏攻撃のため、毛利元就に加勢を依頼する。
・大内氏支援のため、豊後大友氏の軍勢が安芸に来援する。






