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参考文献


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大永四年(1524)

主な出来事
4/8:毛利元就、弟元綱を誅殺する。(「戦争の日本史12」)
5月:出雲の尼子経久が伯耆国に進出し、守護山名氏久らを因幡、但馬国に追い払う。

死没
4/8:相合元綱(?:毛利元就の弟)



備考、その他
1月:武田信虎、武田軍の陣立初めを行う。
1/10:扇谷上杉朝興と山内上杉憲房が和睦する。(「戦争と日本史10」)
1/13:北條氏綱が武蔵江戸城を攻略する。
2/7:武田信虎、猿橋へ出陣し、近辺で北条勢と合戦する。
春;常陸江戸崎城主土岐治頼と小田政治らが交戦するも、小田方が敗北する。
4月:
・三条西実隆、高野山に下向する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
・北條家臣で武蔵江戸城主の遠山直景が古河公方足利高基に起請文を送り、北條氏との協調を依頼する。(「戦争と日本史10」)
5月:大内家臣陶興房が安芸友田氏配下の大野要害を攻略する。(「戦争の日本史12」)
5/3:織田信貞が、尾張国人河村慶満に安堵状を発給する。(尾張・織田一族)
6月:扇谷上杉朝興が川越城に入る。
6/16:武田信虎、甲府一条小山砦の普請を始める。
7月:扇谷上杉朝興が岩付城を北條氏綱から奪回する。
7/20:武田信虎、武蔵国秩父に出陣、更に岩付城を攻撃する。
10月:
・大内義興、石見の吉見頼興を仲介として、厳島神主を友田兼藤(興藤の甥)とすることで友田興藤と和睦する。
・扇谷上杉朝興、山内上杉憲房と共に北條方の毛呂城を攻撃し、開城を条件に和睦を結ぶ。
11/23:武田信虎、北條氏綱と和睦する。(北條氏綱は越後の長尾為景に対し、「武田信虎は信用できない」と述べる)



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