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参考文献


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永正十四年(1517)

主な出来事
1/22:今川氏親、連歌師宗長に武田信直(信虎)との和睦斡旋を依頼する。(「武田信虎のすべて」)
1/28:連歌師宗長が甲斐国に入り、武田信直と今川氏親との和睦交渉をはじめる。
3/2:武田、今川両氏の和睦が成立し、甲斐国勝山城に布陣する今川勢二千余が駿河に帰国する。
8月:斯波義達、遠江で今川氏親に敗れ、剃髪する。
10月:有田合戦 ○毛利元就vs武田元繁●

死没
蘆名盛高(70:陸奥蘆名氏当主)
10/22:熊谷元直(?:安芸国人)
10/28:武田元繁(51:安芸国分郡守護)



備考、その他
・土佐国中村の一条房家と姫野々の津野氏が勢力争いを始める。(「戦争の日本史12」)
・足利義明(高基の弟)が、父政氏と和解する。(「戦争と日本史10」)
・若狭守護の武田氏が丹後に侵攻し、これを制圧、守護一色氏の存続を認めながら、その影響下に置くこととする。(「戦争の日本史11」)
1/2:小山田家臣、小林尾張入道が今川勢の布陣する吉田城を攻める。
1/12:甲斐国吉田城山に布陣する今川軍が撤退を開始する。郡内に布陣した今川勢は郡内勢と和睦する。
2月:豊後で大友氏に反した朽網親満が松木合戦で敗れて敗走する。(「戦争の日本史12」)
2/14:姉小路済継、国内の騒乱を鎮めるため、京都を発って飛騨へ下向する。
春:武田信直、川田の居館に帰陣する。
7月:前石見国守護山名紀伊守が石見国に入る。
8月:冷泉為広、能登に下向する。滞在中、畠山氏被官、僧侶、神官が銭百疋、太刀を納めて入門する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
10/22:毛利元就、有田城下での初陣で熊谷元直を討つ。
閏10/20:冷泉為広、畠山義総から三十九貫文を贈られる。



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