永正十年(1513)
主な出来事
・尾張で守護斯波義達と守護代織田達定が対立、合戦に及び、達定が討死する。(尾張・織田一族)
5月:将軍足利義稙が近江甲賀の奉公衆、種村刑部少輔の先導で帰洛する。(「戦争の日本史11」)
生誕
斯波義統(尾張守護)
死没
尼子政久(26?:経久嫡子)←1518年説もあり(「戦争の日本史12」)
織田達定(?:尾張守護代)
5/27:穴山信懸(甲斐河内領主)
備考、その他
・出雲国阿用城の合戦で尼子経久の嫡子政久が討ち死にする。(「戦争の日本史12」)
1月:伊勢宗瑞が三浦方の住吉要害を攻略する。(「戦争と日本史10」)
3月:
・冷泉為広、駿府に下向する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
・駿河の今川勢が遠江深嶽城を攻略する。反今川方を支援した斯波義達は尾張に撤退する。(尾張・織田一族)
4月:
・伊勢宗瑞が三浦氏の居城、新井城への攻撃を開始する。
・上野国人長野憲業が榛名山巌殿寺に大戸要害攻略の願文を捧げる。
5/27:甲斐国人穴山信懸、息子の清五郎に暗殺される。
7/25:本願寺実如が加賀の門徒が私闘を止めない事について叱責する。(「戦争と日本史14」)






