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参考文献


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慶長二十~元和元年(1615)

主な出来事
1/3:徳川家康が二条城を発ち、駿府に向かう。(「北政所と淀殿」)
1/19:徳川秀忠が駿府城を発ち、江戸に向かう。(「北政所と淀殿」)
4/6:徳川家康、再度の大坂城攻撃を命じる。(「上杉景勝のすべて」)
5/7:
・天王寺の戦い ○徳川家康vs豊臣秀頼●
・大野治長が千姫とその侍女を脱出させる。その後、徳川方の坂崎直盛に保護、誘導され、脱出に成功する。
5/8:
・大坂城が陥落し、豊臣氏滅亡する。
・徳川家康が、落城後の大坂城内を巡検した後、千姫を伴って二条城に帰陣する。
閏6/13:幕府、一国一城令を発布する。
7/7:幕府、武家諸法度十三条を発布する。
7/13:元和に改元する。

死没
1/8:高山右近(63:元摂津高槻城主)
1/17:須田長義(37:上杉家臣、満親の子)
1/20:黒川為実(?:上杉家臣)
2/4:良正院(51:徳川家康次女、北條氏直~池田輝政室、督姫)
3月:泉沢久秀(?:上杉家臣)
4/18:織田信吉(43:織田信長の子)
4/29:塙直之(49:元加藤嘉明家臣)、淡輪重政(?:豊臣家臣)
5/6:後藤基次(56:元黒田家臣)、薄田兼相(?:豊臣家臣)、藤堂良勝(?:藤堂家臣)、木村重成(23:豊臣家臣)、山口弘定(?:豊臣家臣)、藤堂高刑(39:藤堂家臣)、桑名一孝(64:長宗我部~藤堂家臣)、藤堂氏勝(?:藤堂家臣)、増田盛次(?:長盛の子)
5/7:真田信繁(49:幸村)、本多忠朝(34:上総大多喜藩主)、小笠原秀政(47:信濃松本藩主)、小笠原忠脩(22:秀政の子)、石川康勝(?:康長の弟)、御宿政友(?:元越前松平家臣)、渡辺糺(?:豊臣家臣)、中島氏種(?:豊臣家臣)、野々村吉安(?:豊臣家臣)、
5/8:豊臣秀頼(23:)、淀君(49:)、大野治長(47:豊臣家臣)、速見守久(?:豊臣家臣)、毛利勝永(39:豊臣家臣、元豊前小倉城主)、氏家行広(70:豊臣家臣、元伊勢桑名城主)
5/15:長宗我部盛親(41:元土佐浦戸城主)
5/23:豊臣国松(8:秀頼の子)
5/27:増田長盛(71:豊臣五奉行の一人)
6/27:大野治胤(?:治長の弟)
7/29:岡越前守(?:宇喜多氏旧臣)



備考、その他
・尾張藩主徳川義直と前紀伊藩主浅野幸長の娘春姫との婚儀が行われる。(「江戸大名家血族事典」)
1/4:豊臣秀頼が、高台院に書を送る。(「北政所と淀殿」)
1/8:毛利輝元が国元に充て、大坂方との和議が調い、城の二の丸から総構えまで破却することが決まったと報じる。(「戦争の日本史17」)
1/10:金地院崇伝が、その日記の中で、大坂城の破却工事が進捗せず、堀を埋める土砂も足りない為、織田有楽や大野治長の屋敷まで破壊して堀の埋め戻しに流用したと記す。
1/17:徳川家康が、岡山の本陣で鴫野口で功を挙げた上杉家臣を褒賞する。(「上杉景勝のすべて」)
2月:
・加賀藩が大坂の陣に伴い雇った奉公人に解雇を通知する。
・土佐神社で伊勢踊が行われる。
2/29:上杉景勝が、米沢に帰る。
3月:徳川家康が、庶民の間で流行している伊勢踊を中止させるように命じる。(「島原の乱」)
3/5:京都所司代板倉勝重が、大坂方の不穏な動きについて徳川家康に報じる。
3/15:京都市中で放火が頻発し、所司代板倉勝重が、大坂方の仕業として徳川家康に報じる。(「北政所と淀殿」)
3/28:織田長益が後藤光次に書を認め、大坂城退去の意向を示す。(「尾張・織田一族」)
4/4:徳川家康が、駿府を発ち、名古屋城に向かう。(「北政所と淀殿」)
4/5:
・大野治長の使者が駿府を訪問し、淀殿と秀頼母子が大坂城からの移封を謝絶する旨を徳川家康に伝える。
・豊臣秀頼が、大坂城を出て城の周辺を巡視する。
4/7:徳川家康が、西国の大名衆に大坂への出陣を命じる。
4/10:
・上杉景勝が、徳川秀忠からの出陣命令に応じ、米沢を出陣する。
・徳川家康が、名古屋城に入り、大坂方の使者である青木一重、二位局、大蔵卿局、常高院に会い、大坂方が未だに牢人を集めていることを糾弾し、秀頼が大坂城を出て大和郡山に移れば、いずれ大坂城は修築して復帰できるように計らうと伝える。
・徳川秀忠が、江戸城を出陣する。
4/13:織田長益、尚長親子が名古屋城で徳川家康に拝謁し、大坂城内の様子などを報告する。(「尾張・織田一族」)
4/18:徳川家康が二条城に入る。
4/21:徳川秀忠が伏見城に入る。
4/22:二条城にて、徳川方首脳が軍儀を行う。
4/26:
・大野治房が、大和郡山城を攻略する。
・松平忠輝、伊達政宗らが二条城を出陣する。
4/27:奈良に水野勝成が到着した為、大野治房が郡山城を放棄して撤退する。
4/28:
・大野治房、塙直之らが和歌山に向けて出陣する。
・大野治胤が堺の町を焼き払う。
・浅野長晟が和歌山城を出陣する。
4/29:塙直之、淡輪重政らが浅野長晟と交戦し、討死する。
4/30:大野治房らが大坂に帰城し、大坂方が軍儀を行う。
5/1:後藤基次らが大坂城を出陣し、平野に着陣する。
5/3:上杉景勝が、八幡に布陣する。
5/4:徳川家康が、上杉景勝に京都の警固を命じる。
5/5:
・徳川家康、秀忠親子ら主力軍が二条城を出陣する。
・水野勝成らが、奈良を出陣し、国分に布陣する。
5/6:
・道明寺の戦い ○伊達政宗、水野勝成vs後藤基次、薄田兼相●
・若江の戦い ○藤堂高虎、井伊直孝vs木村重成、長宗我部盛親●
5/9:徳川秀忠が伏見城に帰陣する。
5/12:幕府が落人改令を発し、諸大名が大坂の陣でさらった者の内、町人、百姓の返還を命じる。(「雑兵たちの戦場」)
5/19:高台院が伊達政宗に書を送る。(「北政所と淀殿」)
6月:
・上杉景勝が、米沢城に帰る。
・後陽成天皇の十三皇子良純入道親王が徳川家康の猶子となる。(「江戸大名家血族事典」)
6/12:蜂須賀至鎮が、大坂乱坊人及び落人改之帳を幕府に提出する。(「雑兵たちの戦場」)
6/27:大野治胤が堺で火炙りの刑に処される。
7/29:宇喜多旧臣岡越前守が、子息平内の大坂籠城の責任を取って、京都妙顕寺にて切腹して果てる。(「関ヶ原前夜~西軍大名たちの戦い」)
11/20:将軍徳川秀忠、上杉景勝に御鷹場分として府中と八王子に三千石の地を与える。
12月:徳川家康の猶子となった良純入道親王が、家康と対面する。(「江戸大名家血族事典」)



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