延徳三年(1491)
主な出来事
3/3:細川政元、冷泉為広ら十二人を供とし、山伏の装いで越後に下向する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
3/20:細川政元、越後で守護上杉房定、房能と会う。(「戦争の日本史9」)
7/1:堀越公方足利政知の子茶々丸が異母弟潤童子とその母円満院を殺害する。
死没
・山入義藤(?:常陸佐竹一族)
1/7:足利義視(53:将軍義材の父、義政の弟)
4/3:足利政知(57:堀越公方)
7/1:足利潤童子(?:政知の子)、円満院(?:潤童子の母)
11/18:六角政綱(?:近江六角一族)、織田敏定(?:尾張織田一族)
備考、その他
・肥前の有馬貴純が少弐氏と連携し、松浦正(弘定)を筑前国に追う。(「戦争の日本史12」)
2/13:細川政元、九条政基の子聡明丸(澄之)を養子とする。(「戦争の日本史9」)
4/10:細川政元、越後を発つ。
4/28:細川政元、京都に帰る。
5/3:尾張守護代織田敏定が幕府侍所所司代浦上則宗に書を送り、斯波氏と朝倉氏の争いに幕府が干渉しないように求める。(尾張・織田一族)
8月:
・斯波義寛、将軍義材の近江六角氏征伐軍に70騎、3000人を率いて参陣する。
・山名俊豊が幕府に出仕する。(「人物叢書 山名宗全」)
8/27:幕府軍が、近江六角氏征伐のために出陣する。
10月:加賀国北野社領福田庄での年貢未進について、北野社が未進の張本人究明の為の上使派遣を現地住民と松岡寺に報じる。(「戦争と日本史14」)
11/18:織田敏定、浦上則宗と共に大津で六角勢と合戦し、六角政綱を討つも、織田敏定が討死する。
11/29:織田敏定の葬儀が行われる。






