弘治四年~永禄元年(1558)
主な出来事
2月:永禄に改元する。
7/12:浮野合戦 ○織田信長、信清vs織田信賢●
11/27:近江の六角義賢の仲裁で、足利義輝と三好長慶が和睦する。義輝は相国寺に入り、長慶も上洛する。(「戦争の日本史11」)
生誕
織田信雄(信長二男)
織田信孝(信長三男)
森長可(可成次子)
菊姫(武田信玄五女・上杉景勝室)
主な出来事
2月:永禄に改元する。
7/12:浮野合戦 ○織田信長、信清vs織田信賢●
11/27:近江の六角義賢の仲裁で、足利義輝と三好長慶が和睦する。義輝は相国寺に入り、長慶も上洛する。(「戦争の日本史11」)
生誕
織田信雄(信長二男)
織田信孝(信長三男)
森長可(可成次子)
菊姫(武田信玄五女・上杉景勝室)
主な出来事
1/17:三好長慶が、幕府御相伴衆に加えられ、修理大夫に任じられる。この時、三好義長は筑前守、松永久秀は弾正少弼に任じられる。(「戦争の日本史11」)
1/27:正親町天皇の即位式が行われる。
5/19:桶狭間の合戦 ○織田信長vs今川義元●
10/24:三好長慶が、河内高屋城、飯盛山城を攻略する。畠山高政、安見宗房らは紀伊に逃亡する。
生誕
石田三成(近江佐和山城守)
亀姫(徳川家康長女、奥平信昌室)
志駄義秀(上杉家臣)
直江兼続(上杉家臣)
死没
5/19:今川義元(42:駿河、遠江守護)
6/15:長宗我部国親(57:土佐岡豊城主、元親の父)
12/16:穴山信友(甲斐河内領主)
12/24:尼子晴久(47:出雲・隠岐・備前・備中・備後・美作・因幡・伯耆守護)
主な出来事
・織田信長が、尾張守護斯波義銀を尾張から追放する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/30:三好義興が、自邸に将軍足利義輝を招く。細川氏綱、三好長慶をはじめ、諸将が太刀を義輝に献上する。(「戦争の日本史11」)
閏3月:長尾景虎が、関東管領に就任し、上杉政虎を名乗る。
5月:細川晴元が、三好長慶と和睦して摂津富田の晋門寺に入る。
9/4:第四回川中島合戦 △上杉政虎vs武田信玄△
11/5:大友軍が門司城攻略を諦め、撤退し、これを毛利軍が追撃して勝利する。(「戦争の日本史12」)
12月:上杉政虎が、将軍義輝より一字を賜り、輝虎を名乗る。
生誕
吉川広家(吉川元春三男)
死没
3/18:十河一存(30:三好元長四男、長慶の弟)
4/6:正木時茂(39:安房里見家臣)
5/11:斎藤義龍(35:美濃稲葉山城主)
6月:小幡虎盛(57or71?:甲斐武田家臣)
7/13:島津忠将(42:貴久弟)
主な出来事
・大友義鎮が剃髪して宗麟を号する。
1月:豊後の大友義鎮が使僧を京都に遣わし、幕府に毛利元就の北九州進出を訴える。(「戦争の日本史12」)
2月:北條氏康、武田信玄と協力して武蔵松山城を攻略する。
2月中旬:上杉輝虎、古河城から近衛前久、上杉憲政を伴って厩橋城に撤退。
3/5:久米田の合戦 ○畠山高政vs三好実休(義賢)● 実休は討ち死にする。
3/6:将軍足利義輝、三好義興、松永久秀らが京都を退去し、六角承禎が入京する。(「戦争の日本史11」)
4月:上杉輝虎が、近衛前久、上杉憲政を伴って越後へ帰国する。
6月:石見国山吹城主本城常光が毛利氏に降伏する。
6/2:三好長慶と六角承禎とが、和睦する。
8/2:近衛前久、京都に帰り参内する。
11月:大友家臣高橋鑑種が毛利元就に内通して挙兵する。
11/5:毛利元就が石見山吹城主本城常光を誅殺する。
生誕
大国実頼(上杉家臣、直江兼続の弟)
死没
3/5:三好実休(36:長慶の弟)
5/19:湯川直光(?:紀伊国人)
9/11:伊勢貞孝(?:幕府政所執事)
10/13:赤川元徳(?:毛利家臣)、冷泉元豊(?:毛利家臣)
主な出来事
・松平元康が、従五位下三河守に任じられ、徳川家康と改名する。(「江戸大名家血族事典」)
・第五回川中島の合戦:△武田信玄vs上杉輝虎△
1/7、8:第二次国府台合戦 ○北條氏康vs里見義弘、太田資正●(「戦争と日本史10」)
2/6:美濃菩提山城主、竹中重虎(重治)が安藤守就と共謀して斎藤龍興の稲葉山城を奪取する。
5/9:三好長慶が、松永久秀の讒訴に応じ、安宅冬康を飯盛山城に誘殺する。(「戦争の日本史11」)
6月:三好義継が将軍足利義輝に家督相続の挨拶のため、拝謁する。
7月:毛利、大友両氏が起請文を交換して和睦が成立する。(「戦争の日本史12」)
・和睦締結の際、大友方より北九州に大内氏再興の動きがある事を毛利元就に伝達し、注意を促すように大友氏の加判衆が幕府からの使者に伝える。
7/4:三好長慶が死去する。
7/5:上杉家臣長尾政景、野尻池にて舟遊びの最中に、宇佐美定満と共に溺死する。(「上杉景勝のすべて」)
8月:織田信長が、斉藤方の犬山、金山城を攻略する。
10/28:正親町天皇の意を受けた御蔵職の立入宗継が御料所の回復、及び御所の修理を依頼する密勅を持って清洲城に下向する。
10月末以降:織田信長、居城を清洲城から小牧山城に移す。(「織田信長文書の研究 上巻」)
生誕
8/15:水野勝成(備後福山藩祖)
死没
本山茂辰(40:土佐国人)
1月:信太治房(?:常陸小田家臣)
1/7:遠山綱景(52?:北條家臣)、富永直勝(56:北條家臣)
1/28:原虎胤(68:甲斐武田家臣)
5/9:安宅冬康(37:三好長慶の弟)
7/4:三好長慶(42)
7/5:長尾政景(39:上杉景勝の父)、宇佐美定満(76:上杉家臣)
主な出来事
3月:本願寺顕如、武田信玄と音信を結び、対上杉輝虎の盟約を結ぶ。
5/19:将軍足利義輝が三好、松永勢の襲撃を受け、殺害される。
義輝辞世の句「五月雨は露か涙かほととぎす わが名を上げよ雲の上まで」
7/28:幽閉されていた義輝の弟、一乗院覚慶が細川藤孝の手引きで脱出し、近江甲賀の和田惟政に保護される。
11/3:織田信長が美濃松倉城の坪内利貞に発給した知行宛行状に木下秀吉が副状を発する(秀吉文書の初見)。(「織田信長文書の研究 上巻」)
生誕
督姫(徳川家康次女、北條氏直~池田輝政室)
森成利(可成三男、蘭丸)
死没
5/19:足利義輝(30)
8/2:内藤宗勝(50:松永久秀の弟、内藤如安の父)
10/15:飯富虎昌(甲斐武田家臣)
11/3:佐竹義昭(35:常陸佐竹氏当主)
主な出来事
1月:足利義栄が従五位下、左馬頭に叙任される。
2/16:三好義継が、松永久秀に通じて三好三人衆方から離脱する。(「戦争の日本史11」)
4月:近江六角氏家中で「六角氏式目」が成立する。
5月:徳川家康の嫡子竹千代(後の信康)に、織田信長の娘、五徳が嫁ぐ。(「信長と消えた家臣たち」)
7/13:上杉輝虎が織田信長に対し、美濃平定を祝う書を送る。
8/15:斎藤龍興が稲葉山城を退去し、織田信長による美濃平定が遂げられる。その後、北伊勢にも軍を進める。
8/23:上総三船山の合戦 ●北條氏政vs里見義弘○
10/10:松永久秀が、東大寺大仏殿に布陣する三好三人衆を夜襲し、これを破る。東大寺大仏殿が炎上する。
11月:織田信長、家臣の坂井利貞に知行宛行状を送る(「天下布武」の朱印状の初見)
11/9:正親町天皇が織田信長に対し、綸旨を発する。「古今無双之名将」と賞賛し、宮廷の領地の回復、天下一統に励むべく督励する。
12月:甲相駿三国同盟が破れ、今川氏真が上杉輝虎に救援を求める。(「上杉景勝のすべて」)
生誕
森長氏(可成五男)
死没
来島通康(48:伊予河野家臣)
5/7:虎御前(?:上杉謙信の母)
8/23:太田氏資(26:北條家臣、武蔵岩付城主)
10/19:武田義信(30)
主な出来事
2月:大友家臣で立花山城主鑑載が高橋鑑種に通じて挙兵する。(「戦争の日本史12」)
2/8:摂津富田にて、足利義栄に対する将軍宣下が行われる。
7/4:大友軍が立花山城を攻略する。
7/13:足利義昭が越前一乗谷を発つ。(「戦争の日本史13」)
9/14:正親町天皇が織田信長に京都、宮中の警固を命じる綸旨を与える。
9/26:織田信長、足利義昭を奉じて入京する。信長は東寺、義昭は清水寺に陣を構え、禁裏に明院良政と細川藤孝を使者として派遣し、禁裏の警護を申し入れる。
10/18:足利義昭が征夷大将軍に任ぜられる。
12月:・武田信玄が、今川氏との同盟を破棄して駿河に侵攻する。(「戦争と日本史10」)
生誕
羽柴秀勝(織田信長の子、羽柴秀吉の養子)
死没
足利義栄(31?:室町幕府十四代将軍)
立花鑑載(48?:大友家臣)
肝付良兼(34:大隅国人)
5/3:長野筑後守(?:豊前長野城主)
9/4:長野弘勝(?:筑後守弟)
主な出来事
1/5:三好三人衆、本圀寺の足利義昭を攻撃する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
1/6:三好義継、池田勝正らが足利義昭加勢の為、上洛して三好三人衆を撃破する。
1/10:織田信長が、上洛する。
1/14:織田信長が、殿中御掟9ヵ条を定める。
1/16:織田信長が、殿中御掟7ヵ条を追加して定める。
2/11:織田信長が堺を接収する。(「戦争の日本史13」)
4/19:ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが織田信長と対面する。
閏5/3:毛利軍が立花山城を攻略する。城兵は助命して志賀島に送る。(「戦争の日本史12」)
6月:上杉、北條両氏が和睦を締結する。(「戦争と日本史10」)
10/12:
・大内輝弘が山口に乱入し、大内氏築山館を占拠する。
・織田信長が京都に帰陣する。
生誕
茶々(浅井長政の長女)
死没
岩城重隆(?:南陸奥岩城氏当主)
岡見義綱(?:常陸小田一族、牛久城主)
岡見治資(?:常陸小田一族、谷田部城主)
8/11:安芸国虎(40:土佐安芸城主)
10/25:大内輝弘(50?:周防大内一族)
10月末:吉田興種(?:大内~毛利家臣)
主な出来事
・北條氏康が、七男氏秀を人質として上杉輝虎の元に送る。
1/23:
・織田信長が、朝山日乗と明智光秀に宛てた五箇条の条書を足利義昭に承認させる。同時に近国の大小名に上洛を要請する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、畿内近国の諸大名に対して朝廷、幕府の為に上洛を命じる。
4/20:織田信長が若狭に向かって出陣する。(「戦争の日本史13」)
4/23:元亀に改元する。
4/25:織田信長が佐柿城を出陣して越前に侵攻し、手筒山城を攻略する。森可隆が討ち死にする。
4/28:織田信長が金ヶ崎城を発ち、京都へ向けて撤退を開始する。
4/30:織田信長、京都に帰陣する。
6月:徳川家康、岡崎城を嫡子信康に譲り、自身は浜松城に移る。
6/28:姉川の合戦 ○織田信長、徳川家康vs浅井長政、朝倉景建●
8/20:
・織田信長、三好三人衆を討伐するため、岐阜を出陣する。
・今山の合戦 ○龍造寺隆信、鍋島信昌(直茂)vs大友宗麟、親貞●
8/23:織田信長が入京する。
9月:大友宗麟と龍造寺隆信が和睦を締結する。(「戦争の日本史12」)
9/12:夜半、石山本願寺が織田信長に対して挙兵する。
9/19:浅井長政、朝倉義景の連合軍が近江坂本に進出し、宇佐山城を攻撃し、森可成を討ち取る。(「信長と消えた家臣たち」)
9/23:織田信長が、浅井、朝倉軍の動向を知り、摂津の陣を引き払い、京都へ向かう。
12/13:
・織田信長と朝倉義景、浅井長政が講和し、織田勢が比叡山麓から撤退する。
・上杉輝虎、春日山城看経所に越中平定の祈願文を納める。この時から「謙信」を名乗る。(「上杉景勝のすべて」)
12/15:朝倉義景、浅井長政ら、比叡山を下りて撤退する。
生誕
初姫(浅井長政次女、京極高次正室)
森忠政(可成六男)
死没
4/25:森可隆(19:可成の長子)
8/20:大友親貞(?:豊後大友一族)
9/19:森可成(48:織田家臣)
11/21:織田信興(?:信長弟)
11/26:坂井政尚(?:織田家臣)
