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参考文献


明徳五~応永元年(1394)

主な出来事
7/5:応永に改元する。
12/17:足利義持の元服の儀式が執り行われ、正五位下、左近衛中将に任じられ、征夷大将軍の宣下を受ける。元服奉行は大納言万里小路嗣房、加冠役は父義満が勤め、理髪役は日野重光によって勤められる。(「戦争の日本史8」)

生誕
6/13:足利義教

死没
10/24:上杉憲方(60:関東管領)

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応永二年(1395)

主な出来事
3/10:山名満幸、斬罪の刑に処される。
閏7月:足利義満、今川了俊の九州探題職を解任する。

生誕
11/6:経覚(関白九条経教の子、奈良興福寺大乗院門跡)

死没
3/10:山名満幸(?:丹後、出雲、伯耆、隠岐国守護)

応永三年(1396)

主な出来事
・渋川満頼、九州探題に任じられる。(「戦争の日本史9」)

生誕
小笠原持長(長将の子)

応永四年(1397)

生誕
斯波義淳(義重嫡子、室町幕府管領、尾張、越前、遠江守護)

応永五年(1398)

主な出来事
閏4/23:管領斯波義将が辞任、後任に畠山基国が就任する。(「戦争の日本史9」)

死没
1/13:崇光上皇(65:)
5/26:栄仁親王(崇光上皇の第一皇子)、出家する。
12/25:鎌倉公方足利満兼、鶴岡八幡宮に「天下安全、武運長久」を祈願する。

応永六年(1399)

主な出来事
・鎌倉公方足利満兼、陸奥への勢力拡大のため、弟満貞を稲村(稲村御所)、満直を篠川(篠川御所)に派遣する。(「戦争の日本史9」)
・宮田時清(山名氏清の子)が丹波で挙兵するも、時煕に討伐される。(「人物叢書 山名宗全」)
10/13:大内義弘、堺に入る。
12/21:幕府軍、堺を攻略、大内義弘は討死する(応永の乱)。

生誕
細川持元(満元嫡子、摂津、丹波、土佐、讃岐守護)

死没
12/21:大内義弘(45:周防、長門、石見、和泉、紀伊国守護)

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応永七年(1400)

主な出来事
・斯波義重が尾張守護に任じられる。(尾張・織田一族)

生誕
細川持之(満元次男、室町幕府管領、摂津、丹波、土佐、讃岐守護)

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応永八年(1401)

主な出来事
・足利義満が、明に使者を派遣する。
・斯波義将が、小笠原長秀に代わって信濃守護に任じられる。(「戦争の日本史9」)
・山名時熙が備後守護に復帰する。(「人物叢書 山名宗全」)

応永九年(1402)

主な出来事
・明から冊封の使者が到来する。
・幕府、信濃国を御料国(直轄地)とする。(「戦争の日本史9」)
2月:今川了俊、「難太平記」を記す。(「戦争の日本史8」)
3月:旧南朝の後亀山院、吉田兼敦に対し、南北合体は永年の争いを止め、民間の憂いを除くためだったと語る。

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応永十年(1403)

主な出来事
・山名満氏が安芸守護に任じられる。(「人物叢書 山名宗全」)

応永十一年(1404)

主な出来事
・琉球国が室町幕府に使者を遣わす。

生誕
5/19:山名小次郎(後の持豊、宗全)

死没
8/2:上杉憲英(?:上杉憲顕六男)

応永十二年(1405)

主な出来事
7/25:斯波義重が畠山基国に代わって管領に就任する。(「戦争の日本史9」)
9月:上杉朝宗、関東管領を辞任する。

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応永十四年(1407)

死没
小笠原長基(?:前信濃国守護)

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応永十五年(1408)

主な出来事
3/8:後小松天皇、北山第に行幸する。(「戦争の日本史8」)
6月:足利義持、室町亭から北山亭に移る。

死没
斯波義種(?:加賀国守護)
5/6:足利義満(51:室町幕府三代将軍)

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応永十六年(1409)

主な出来事
・上杉朝宗、足利満兼の死を機に剃髪、禅助と号し、家督を氏憲(禅秀)に譲る。
2/9:管領斯波義重が辞意を表明する。(「戦争の日本史9」)
8/10:斯波義重の子、義淳が管領に就任する。
10月:足利義持、三条坊門亭(下御所)に移る。(「戦争の日本史8」)

死没
7/22:足利満兼(32:鎌倉公方)

応永十七年(1410)

主な出来事
6月:斯波義淳が管領職を解任され、畠山満家が管領に就任する。(「戦争の日本史9」)
11月:後亀山法皇が吉野に出奔する。

生誕
上杉憲実(関東管領)

死没
5/7:斯波義将(61:前管領)

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応永十八年(1411)

主な出来事
七月:応永飛騨の乱。●国司姉小路尹綱vs幕府軍○

応永十九年(1412)

死没
12/18:上杉憲定(38:関東管領)

応永二十年(1413)

主な出来事
1月:山名小次郎が元服し、持豊を名乗る。(「人物叢書 山名宗全」)

応永二十一年(1414)

主な出来事
6/9:加賀国守護斯波満種、将軍足利義持の勘気を受け、守護職を奪われて高野山に遁世する。代わって加賀国の守護には南半国を富樫満春、北半国を義持側近の満成が任じられる。(「戦争の日本史9」)
9月:伊勢国司北畠満雅が南朝勢力を集めて挙兵する。

死没
6/16:小田孝朝(78:常陸国小田城主)
8/25:上杉朝宗(81?:元関東管領)

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応永二十二年(1415)

主な出来事
10/14:北畠満雅、幕府と和睦する。(「戦争の日本史9」)

応永二十三年(1416)

主な出来事
・小栗満重、関東公方足利持氏に対して挙兵する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
9月:後亀山法皇、京都に戻る。
10/2:前関東管領、上杉禅秀が鎌倉公方足利持氏に反抗して挙兵する。

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応永二十四年(1417)

主な出来事
1/10:上杉禅秀が鎌倉で自害し、乱が終息する。

死没
1/10:上杉禅秀(?:元関東管領)

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応永二十五年(1418)

主な出来事
1/24:将軍足利義持の命により、実弟義嗣が殺害される。(「人物叢書 山名宗全」)
11/22:富樫満成が、将軍義持に勘当されて所領を没収され、加賀北半国守護職は南半国守護の富樫満春が任じられる。

死没
1/4:上杉憲基(27:関東管領)
1/24:足利義嗣(25:将軍義持の弟)
5/14:足利満詮(55:義詮四男)
8/18:斯波義重(48:斯波義将嫡子、室町幕府管領、越前、尾張、遠江、信濃、加賀守護)

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応永二十六年(1419)

主な出来事
2/4:富樫満成、将軍義持の意を受けた畠山満家によって討たれる。(「戦争の日本史9」)
6月:倭寇鎮圧のため、朝鮮軍が対馬を攻撃する(応永の外寇)。

生誕
2/4:富樫満成(?:前加賀北半国守護)
6/17:彦仁親王(後花園天皇)

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応永二十七年(1420)

死没
・甲斐将教(?:越前、尾張、遠江国守護代)
閏1/21:山名満時(25:時煕の長子)

応永二十八年(1421)

生誕
上杉房朝(越後守護、朝方の嫡子)

死没
11/10:上杉房方(55:越後守護)

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応永二十九年(1422)

主な出来事
閏10月:鎌倉公方足利持氏が、上杉禅秀の乱で禅秀に与した佐竹(山入)与義を討つ。

生誕
・山名教豊(持豊の子)

死没
10/26:上杉憲栄(73:越後守護)
閏10月:佐竹(山入)与義(?:常陸佐竹氏一門)

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応永三十年(1423)

主な出来事
3/18:足利義量が、父義持から将軍職を譲られる。
8月:
・鎌倉公方足利持氏が、宇都宮持綱、小栗満重らを討つ。(「戦争の日本史9」)
・伊勢国司北畠満雅が足利持氏に呼応して挙兵する。

死没
・山名持豊の妻(?:)
8月:宇都宮持綱(28:上総国守護)、小栗満重(?:常陸国の国人)

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応永三十一年(1424)

主な出来事
11月:稲村公方足利満貞が、稲村を退去し、鎌倉に移る。

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応永三十二年(1425)

主な出来事
2/27:将軍足利義量が死去する。
11/30:鎌倉公方足利持氏が、使者を京都に送り、自身が義持の養子になる意向を示さんとするも、使者は対面も許されず帰国する。(「戦争の日本史9」)
12/29:小笠原政康、信濃国守護に任じられる。

生誕
長尾重景(越後守護代)

死没
2/27:足利義量(19:室町幕府五代将軍)
3/15:小笠原長秀(前信濃国守護、長基の子)

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応永三十三年(1426)

死没
10/8:滿仁親王(73:全仁親王の子)
10/16:細川満元(49:室町幕府管領、摂津、土佐、讃岐、丹波守護)

応永三十四年(1427)

主な出来事
・赤松満祐が、京都を出奔し、分国播磨に向かう。「戦争の日本史9」)

死没
6/2:富樫満春(?:加賀国守護)
9/21:赤松義則(70:赤松則祐嫡子、播磨、備前、美作守護)

応永三十五~正長元年(1428)

主な出来事
1/17:足利義持、危篤になり、翌日死去する。(「戦争の日本史9」)
1/18:足利義持の死後、畠山満家が籤を引き、天台座主義円(義教)を義持の後継に据える事に決まる。
3/12:青蓮院門跡義円(足利義満三男)、還俗して義宣を名乗り、従五位下、左馬頭に叙任される。(「戦争の日本史8」)
4/27:正長に改元する。
7/28:彦仁親王が後小松上皇の猶子となる形で践祚する(後花園天皇)。

死去
1/18:足利義持(43:室町幕府四代将軍)
7/20:称光天皇(28:)
12/21:北畠満雅(?:伊勢国司)

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