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参考文献


飛鳥時代以前

(527)

筑紫国造磐井の乱が起きる。(「戦争の日本史1」)

(529)

倭国の使者、近江毛野、安羅に渡って百済、新羅と折衝するも進展せず。(「戦争の日本史1」)

飛鳥時代

斉明五年(659)

主な出来事
・遣唐使が唐の皇帝に蝦夷を見せ、我が国への蝦夷の朝貢について述べる。(「戦争の日本史3」)

養老六年(722)

主な出来事
4/16:養老四年の征夷と隼人征討に功のあった者に勲位が授けられる。(「戦争の日本史3」)

備考、詳細はこちら "養老六年(722)" »

奈良時代

延暦十二年(793)

主な出来事
1/15:藤原小黒麻呂と紀古佐美を山背国葛野郡宇陀村に派遣し、遷都予定地を視察させる。(「戦争の日本史3」)
1/21:桓武天皇が東院に遷御する。

備考、詳細はこちら "延暦十二年(793)" »

延暦十三年(794)

主な出来事
1/1:征東将軍大伴弟麻呂が節刀を賜り、陸奥に向けて出発する。(「戦争の日本史3」)
10/22:桓武天皇が長岡京から平安京に遷都する。

備考、詳細はこちら "延暦十三年(794)" »

平安時代

保延六年(1140)

主な出来事
9月:崇徳天皇の第一皇子、重仁親王の乳母を池禅尼(平忠盛正室)が務める。(「保元・平治の乱を読みなおす」)

生誕
9/2:重仁親王(崇徳天皇の第一皇子)

仁平二年(1152)

主な出来事
1/28:藤原親弘が相模守に任じられる。(「保元・平治の乱を読みなおす」)

鎌倉時代

建久三年(1192)

主な出来事
7/12:源頼朝、征夷大将軍に任じられる。(「戦争の日本史5」)


死没
3/13:後白河法皇(46)

建暦二年(1212)

主な出来事

9/26:源仲章が、藤原定家を訪ねる。(「現代語訳 吾妻鏡 1~頼朝の挙兵」)

南北朝時代

北朝:貞治三年・南朝:正平十九年(1364)

生誕
5/29:足利満詮(義詮四男)

北朝:永和二年・南朝:天授二年(1376)

死没
・山名師義(49:伯耆、丹波守護)

明徳年間

明徳四年(1393)

主な出来事
6/17:越前の織田剣神社について、今後課役を免除して保護することを藤原(織田?)信昌、将広親子が誓約する。(尾張・織田一族)

明徳五~応永元年(1394)

主な出来事
7/5:応永に改元する。
12/17:足利義持の元服の儀式が執り行われ、正五位下、左近衛中将に任じられ、征夷大将軍の宣下を受ける。元服奉行は大納言万里小路嗣房、加冠役は父義満が勤め、理髪役は日野重光によって勤められる。(「戦争の日本史8」)

生誕
6/13:足利義教

死没
10/24:上杉憲方(60:関東管領)

備考、詳細はこちら "明徳五~応永元年(1394)" »

応永年間

応永四年(1397)

生誕
斯波義淳(義重嫡子、室町幕府管領、尾張、越前、遠江守護)

応永二十年(1413)

主な出来事
1月:山名小次郎が元服し、持豊を名乗る。(「人物叢書 山名宗全」)

正長年間

応永三十五~正長元年(1428)

主な出来事
1/17:足利義持、危篤になり、翌日死去する。(「戦争の日本史9」)
1/18:足利義持の死後、畠山満家が籤を引き、天台座主義円(義教)を義持の後継に据える事に決まる。
3/12:青蓮院門跡義円(足利義満三男)、還俗して義宣を名乗り、従五位下、左馬頭に叙任される。(「戦争の日本史8」)
4/27:正長に改元する。
7/28:彦仁親王が後小松上皇の猶子となる形で践祚する(後花園天皇)。

死去
1/18:足利義持(43:室町幕府四代将軍)
7/20:称光天皇(28:)
12/21:北畠満雅(?:伊勢国司)

備考、詳細はこちら "応永三十五~正長元年(1428)" »

正長二~永享元年(1429)

主な出来事
3/9:足利義宣、元服する。(「戦争の日本史8」)
3/15:足利義宣、征夷大将軍、参議、左中将に任じられ、名を義教に改める。
6月:大和にて、興福寺一乗院の宗徒井戸が頓称坊なる僧を殺害する。これに対し、豊田中坊なる宗徒が報復のために井戸を襲い、筒井一族の井戸を筒井、十市氏が支援、豊田中坊を越智、箸尾氏が支援し、大和国人同士の戦闘に発展する。
8/24:管領畠山満家が辞任し、斯波義淳が再任される。
9/2:幕府、関東への対策について宿老会議が行う。
9/5:永享に改元する。
10/25:
・宿老会議で筑前国の御料国化を決め、大内盛見を代官に命じる。
・管領斯波義敦、関東管領上杉憲実からの使僧を将軍義教と対面させようとするも、義教に拒絶される。

死没
7/14:細川持元(31:摂津、丹波、讃岐、土佐守護)

備考、詳細はこちら "正長二~永享元年(1429)" »

永享年間

永享九年(1437)

主な出来事
1/18:斯波持種、甲斐常治らに率いられた幕府の援軍が大和に下向する。(「戦争の日本史9」)
7/11:前大覚寺門跡義昭(義教の異母弟)が、山名持煕と共に大覚寺から出奔する。(「人物叢書 山名宗全」)
10/21:後花園天皇が方違のため、六日間将軍邸に行幸する。

生誕
畠山義就(持国の子)

死没
7月:山名持熙(?:時熙の子、持豊の兄)

備考、詳細はこちら "永享九年(1437)" »

永享十二年(1440)

主な出来事
3/3:足利持氏の残党がその遺児安王丸、春王丸を擁して常陸国中郡庄木城にて挙兵する。(「戦争の日本史9」)
3/21:足利持氏の残党、結城氏朝と共に下総結城城に立て籠もる。
5/15:将軍足利義教の命により、大和の幕府軍陣中で山城、三河、若狭、丹後守護一色義貫、伊勢守護土岐持頼が誅殺される。
6/24:篠川公方足利満直、持氏残党に通じた南奥州諸氏の攻撃を受け、自害する。
7/29:幕府軍、結城城の包囲攻撃を開始する。

生誕
日野富子(八代将軍足利義政室)

死没
5/15:一色義貫(41:山城、三河、若狭、丹後国守護)、土岐持頼(?:伊勢国守護)
5/19:十市遠栄(?:大和の国人)
6/24:足利満直(?:篠川公方)
10/14:山名持豊の母(?:山名氏清の娘)

備考、詳細はこちら "永享十二年(1440)" »

嘉吉年間

嘉吉二年(1442)

主な出来事
3月:足利義尊が僧形で畠山持国に保護を求める。持国、これを討ちとる。(「戦争の日本史9」)
6/24:管領細川持之、体調悪化のため辞表を提出して出家する。管領職は畠山持国が引き継ぐ。
11/7:足利千也茶丸、九歳で元服し、義勝を名乗る。正五位下、左近衛中将に叙任され、征夷大将軍に宣下される。

死没
3月:足利義尊(30:足利直冬の子孫)
8/4:細川持之(43:満元次男、室町幕府管領、摂津、丹波、土佐、讃岐守護)
8/9:小笠原政康(?:信濃国守護)

備考、詳細はこちら "嘉吉二年(1442)" »

嘉吉四~文安元年(1444)

主な出来事
2/5:文安に改元する。
2/18:管領畠山持国が、分国内に禁闕の変に関与した者がいた事の責任を取り、辞任を表明する。細川勝元、山名持豊らが慰留する。(「戦争の日本史9」)
2/28:足利三春、日野重子が畠山持国を慰留し、持国、辞意を撤回する。

死没
3/13:筒井実憲(?:大和の国人)

備考、詳細はこちら "嘉吉四~文安元年(1444)" »

文安年間

文安三年(1446)

主な出来事
春:信濃国漆田原で守護小笠原宗康と従兄持長が合戦に及び、宗康が討死する。(「戦争の日本史9」)
10/16:管領細川勝元、加賀国守護の問題を受けて辞意を表明する。次期将軍足利三春(義成)、これを承認せず、勝元は留任する。
9/5:近江守護六角久頼、治罰の御教書を得て近江に出陣、京極持清の助勢を受けて飯高山を攻略し、持綱を討つ。
12/13:次期将軍足利三春、後花園天皇の命名により義成に改名する。
12/15:足利義政、従五位上に叙される。

死没
小笠原宗康(?:信濃国守護)
渋川満頼(75:前九州探題)
9/5:六角持綱(?:満綱三男)

備考、詳細はこちら "文安三年(1446)" »

文安五年(1448)

主な出来事
8/8:河内国当麻に潜んでいた赤松則繁が、甥の赤松則尚に討ち取られる。(「戦争の日本史9」)
11/12:畠山持国が、実施義夏(後の義就)を僧籍に入れ、家督を弟持富とする。(「戦争の日本史11
11/21:畠山持国が、家督を弟持富ではなく、石清八幡宮の社僧にする予定であった実子義夏に譲る事とする。

死没
8/8:赤松則繁(?:満祐弟)

備考、詳細はこちら "文安五年(1448)" »

宝徳年間

宝徳二年(1450)

主な出来事
2/28:足利成氏、従四位下左兵衛督に任じられる。(「戦争の日本史9」)
4/21:江ノ島合戦 ○足利成氏vs上杉憲忠● 敗れた上杉方、鎌倉を脱出する。


死没
11/12:長尾邦景(?:越後守護代)

備考、詳細はこちら "宝徳二年(1450)" »

宝徳四~享徳元年(1452)

主な出来事
11月:斯波義敏、斯波氏家督を継承し、従五位下、左兵衛佐に任じられる。(「戦争の日本史9」)
11/16:畠山持国、管領を辞任する。
12/23:細川勝元、管領に就任する。

死没
9/1:斯波義健(18:越前、尾張、遠江守護)
11/10:山名勝豊(20:宗全の子)

備考、詳細はこちら "宝徳四~享徳元年(1452)" »

享徳年間

宝徳四~享徳元年(1452)

主な出来事
11月:斯波義敏、斯波氏家督を継承し、従五位下、左兵衛佐に任じられる。(「戦争の日本史9」)
11/16:畠山持国、管領を辞任する。
12/23:細川勝元、管領に就任する。

死没
9/1:斯波義健(18:越前、尾張、遠江守護)
11/10:山名勝豊(20:宗全の子)

備考、詳細はこちら "宝徳四~享徳元年(1452)" »

享徳三年(1454)

主な出来事
・幕府、分一徳政令を発布する。(「戦争の日本史9」)
4/3:畠山家臣団に持国の後継者、義夏を廃して義富を擁立する動きが発覚する。畠山持国、神保次郎佐衛門を切腹させ、神保越中守の邸を攻撃、義富一派は没落し、細川、山名氏らに匿われる。
8/21:畠山義富一派、持国の邸を攻撃する。畠山義夏は山名相模守に保護を求めるが拒否され、遊佐河内守の邸に立て籠もる。
8/28:畠山持国が、建仁寺に隠居する。
8/29:将軍足利義政、畠山義夏を匿った細川氏被官磯谷氏の処罰を命じる。
9/29:興福寺、満家以来畠山氏が代々勤めていた大和国宇智郡守護職を興福寺一乗院に返付するように訴える。
11/2:将軍足利義政、阿波国守護細川成之を大将として山名宗全討伐をを命じる。
11/3:管領細川勝元、将軍義政に山名宗全の宥免を取り成し、義政、これを受け入れ、宗全を隠居処分とする。
12/3:山名宗全の嫡男教豊が幕府に出仕し、家督相続が認められる。
12/14:畠山義夏、将軍義政に対面する。
12/27:鎌倉公方足利成氏、関東管領上杉憲忠を暗殺する。

生誕
上杉顕定(関東管領)

死没
・伊勢貞国(?:前幕府政所執事)
12/27:上杉憲忠(22:関東管領)

備考、詳細はこちら "享徳三年(1454)" »

康正年間

康正二年(1456)

主な出来事
1/18:将軍足利義政、小笠原国松(政秀)に祖父政康以来の所領を安堵する。(「戦争の日本史9」)
9月:信濃国守護小笠原光康、足利成氏征伐のため、出陣する。
10/2:近江国守護六角久頼、度重なる京極氏からの干渉に憤り、自害して果てる。跡を兄時綱の子政尭が継ぐ。

死没
・山内時通(?:備後国人)
10/2:六角久頼(?:近江国守護)
11月:馬加康胤(?:下総千葉城主)

備考、詳細はこちら "康正二年(1456)" »

康正三~長禄元年(1457)

主な出来事
・政所執事伊勢貞親、将軍御所造営段銭を課す。(「戦争の日本史9」)
1/1:斯波義敏、父持種と共に出奔して東山東光寺に立て籠もる。
7/23:幕府、畠山義富を赦免する。
9月:畠山義富が死去し、成身院光宣の画策で、義富の弟政長が後継者として擁立される。
12月:幕府、足利義政の庶兄を政知と還俗させ、新たな鎌倉公方として関東に派遣する。
12/2:赤松氏旧臣が吉野の南朝の子孫兄弟二人を討ち取る。丹生屋帯刀左衛門尉、四郎左衛門尉兄弟が一度は神璽も奪還するものの、逆に南朝方に討たれる。
12/19:天龍寺香厳院主清久が還俗して名を政知と改め、左馬頭に任じられる。
12/24:
・足利政知、渋川義鏡とともに京を出陣、近江国園城寺に入る。(「戦争の日本史9」)
・足利政知、伊豆に到着し、三島大明神に参詣、木戸孝範を加冠役として元服する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)

死没
・山名宗全の妻(?:)
9月:畠山義富(?:持富の子)

備考、詳細はこちら "康正三~長禄元年(1457)" »

長禄年間

長禄二年(1458)

主な出来事
・山名宗全、赤松氏旧臣の石見太郎左衛門を暗殺する。(「戦争の日本史9」)
3月:赤松氏旧臣小寺藤兵衛、越智家栄の協力を得、小川弘光と共に神璽を奪回する。
7/25:将軍足利義政、内大臣に任じられる。
8/9:山名宗全、入京して将軍義政と対面し、赦免される。
8/30:神璽が入京し、内裏に安置される。
10/14:季瓊真蘂、将軍足利義政に赤松次郎法師(政則)への恩賞に関して伺いを立てる。
11/10:関東で幕府方が敗れたとの注進が幕府へ届けられる。
11/19:管領細川勝元の仲介で赤松次郎法師が将軍足利義政に対面を果たし、赤松氏の再興が成る。
11/27:将軍足利義政、上御所の地に室町殿の新造を管領細川勝元らに命じる。

備考、詳細はこちら "長禄二年(1458)" »

長禄四~寛正元年(1460)

主な出来事
6月:伊勢貞親が政所執事に就任する。(「戦争の日本史9」)
7/18:近江国守護六角政尭、家臣伊庭某を討って出奔して剃髪する。幕府、政尭の叔父久頼の子、高頼に家督を継がせる。
9/20:畠山義就、河内へ没落し、政長が畠山氏惣領となる。政長支援のため、大和筒井勢三百ばかりが上洛する。
閏9/5:幕府、管領細川勝元をはじめ、諸大名に畠山義就討伐を命じる。
閏9/18:畠山義就討伐のため、治罰の綸旨と旗が下される。

12/21:寛正に改元する。

備考、詳細はこちら "長禄四~寛正元年(1460)" »

寛正年間

寛正四年(1463)

主な出来事
4/15:幕府軍、成身院光宣の経略により、河内国嶽山城を攻略する。畠山義就は高野山から紀伊国、吉野山中に逃走する。(「戦争の日本史9」)
11/13:将軍足利義政、生母日野重子の死去に伴う恩赦を発し、斯波義敏、松王丸親子、畠山義就、飯尾為数らが赦免される。

死没
8/8:日野重子(53:六代将軍義教室、七代将軍義勝、八代将軍義政生母)
8/26:長尾景仲(76:山内上杉氏家宰)
10/13:宇都宮明綱(21:下野宇都宮城主)

備考、詳細はこちら "寛正四年(1463)" »

寛正五年(1464)

主な出来事
7/19:後花園天皇、後土御門天皇に譲位する。将軍足利義政が後花園院の院執事に就任する。(「戦争の日本史9」)
11/13:管領職が細川勝元から畠山政長に交代する。
11/25:将軍足利義政、弟の浄土寺新門主義尋に還俗して将軍義政の嗣子となるよう命じる。
11/28:将軍足利義政、准后に宣下される。
12/2:足利義尋が還俗して義視を名乗り、従五位下、左馬頭に補任される。

備考、詳細はこちら "寛正五年(1464)" »

文正年間

寛正七~文正元年(1466)

主な出来事
2/12:関東管領上杉房顕が死去し、後継者に越後守護上杉房定の子、顕定が定められる。(「戦争の日本史9」)
2/28:文正に改元する。
8/25:斯波義敏が越前、尾張、遠江国の守護職に任じられ、義敏、持種、竹王丸が幕府に出仕する。
9/6:細川勝元、将軍足利義政に義視について申し開きをする。これにより義視を讒言した事が発覚し、伊勢貞親親子、季瓊真蘂、赤松政則、斯波義敏父子、上池法印が京都から逃走する。
12/20:細川勝元に実子聡明九郎(後の政元)が生まれる。このため勝元、養子としていた山名宗全の子、豊久を仏門に入れる。山名宗全、豊久を還俗させて実家に引き取る。

生誕
7/30:足利義稙(義視の子、室町幕府十代将軍)
12/20:細川政元(勝元の子)

死没
2/12:上杉房顕(32:関東管領、憲実の二男)
閏2/6:上杉憲実(57:前関東管領)

備考、詳細はこちら "寛正七~文正元年(1466)" »

文正二~応仁元年(1467)

主な出来事
1/1:将軍足利義政への椀飯の儀が管領畠山政長の勤めで行われる。(「戦争の日本史9」)
1/2:将軍足利義政の管領畠山政長邸への御成が中止となり、畠山義就が室町第に出仕する。
1/5:将軍足利義政、弟義視と共に山名宗全邸を借用した畠山義就邸へ御成を行う。
1/8:斯波義廉が管領に就任する。
1/17:将軍足利義政、畠山義就、政長の争いの調停に乗り出し、細川勝元、山名宗全らの援助を停止させる。
1/18:
・早朝、畠山政長が邸に火を放ち、上御霊社に陣取る。
・14時頃、後土御門天皇、後花園上皇、伏見宮貞常親王が牛飼のみを従え室町殿に避難する。
・16時頃、畠山義就の軍勢が上御霊社を攻撃する。細川勝元、京極持清らが政長に合力せんとするも、将軍義政の命で手を出さず。
1/19:畠山政長、義就方に敗れ、上御霊社拝殿に火をかけ逃走する。細川勝元、これを匿う。
3/5:応仁に改元する。
5/26:応仁の乱開戦する~早朝、細川勝元方の武田信賢が実相院、成身院光宣が正実坊に布陣、室町殿に西面する山名宗全方の一色義直の邸を襲撃し、これを焼き払い、義直は山名宗全邸に逃走する。山名、畠山、斯波勢が応戦のために兵を出し、細川勝久の邸を襲う。
5/28:将軍足利義政、中立の立場を明らかにし、山名宗全、細川勝元双方に停戦を命じる。
6/8:
・室町殿の四足門に牙旗が掲げられる。将軍足利義政、山名宗全追討の総大将に足利義視を据え、鎧始を行う。
・西軍、細川成之を介して降伏を申し入れたため、この日予定していた総攻撃を延期する。
7/6:後花園上皇、伏見宮貞常親王と関白一条兼良を勅使として将軍義政の許に派遣、和平を求める。
8/23:
・摂津国の細川勝元被官池田氏政が大内政弘に内通し、大内軍が上洛、東寺に陣取る。
・後花園上皇、御土御門天皇が三種の神器を携え、室町殿に避難する。
・東軍の陣営から足利義視が姿を消す。
9/2:後花園上皇が出家する。
10/3:後花園法皇が興福寺に山名宗全治罰の院宣を下し、将軍義政も御内書を発し、諸大名に味方に加わるように促す。

生誕
上杉憲房(関東管領)

死没
6/11:飯尾為数(?:幕府奉行人)
9/7:上杉持朝(52:相模守護、扇谷上杉氏当主)
9/9:山名教豊(44:宗全嫡子)

備考、詳細はこちら "文正二~応仁元年(1467)" »

応仁年間

文正二~応仁元年(1467)

主な出来事
1/1:将軍足利義政への椀飯の儀が管領畠山政長の勤めで行われる。(「戦争の日本史9」)
1/2:将軍足利義政の管領畠山政長邸への御成が中止となり、畠山義就が室町第に出仕する。
1/5:将軍足利義政、弟義視と共に山名宗全邸を借用した畠山義就邸へ御成を行う。
1/8:斯波義廉が管領に就任する。
1/17:将軍足利義政、畠山義就、政長の争いの調停に乗り出し、細川勝元、山名宗全らの援助を停止させる。
1/18:
・早朝、畠山政長が邸に火を放ち、上御霊社に陣取る。
・14時頃、後土御門天皇、後花園上皇、伏見宮貞常親王が牛飼のみを従え室町殿に避難する。
・16時頃、畠山義就の軍勢が上御霊社を攻撃する。細川勝元、京極持清らが政長に合力せんとするも、将軍義政の命で手を出さず。
1/19:畠山政長、義就方に敗れ、上御霊社拝殿に火をかけ逃走する。細川勝元、これを匿う。
3/5:応仁に改元する。
5/26:応仁の乱開戦する~早朝、細川勝元方の武田信賢が実相院、成身院光宣が正実坊に布陣、室町殿に西面する山名宗全方の一色義直の邸を襲撃し、これを焼き払い、義直は山名宗全邸に逃走する。山名、畠山、斯波勢が応戦のために兵を出し、細川勝久の邸を襲う。
5/28:将軍足利義政、中立の立場を明らかにし、山名宗全、細川勝元双方に停戦を命じる。
6/8:
・室町殿の四足門に牙旗が掲げられる。将軍足利義政、山名宗全追討の総大将に足利義視を据え、鎧始を行う。
・西軍、細川成之を介して降伏を申し入れたため、この日予定していた総攻撃を延期する。
7/6:後花園上皇、伏見宮貞常親王と関白一条兼良を勅使として将軍義政の許に派遣、和平を求める。
8/23:
・摂津国の細川勝元被官池田氏政が大内政弘に内通し、大内軍が上洛、東寺に陣取る。
・後花園上皇、御土御門天皇が三種の神器を携え、室町殿に避難する。
・東軍の陣営から足利義視が姿を消す。
9/2:後花園上皇が出家する。
10/3:後花園法皇が興福寺に山名宗全治罰の院宣を下し、将軍義政も御内書を発し、諸大名に味方に加わるように促す。

生誕
上杉憲房(関東管領)

死没
6/11:飯尾為数(?:幕府奉行人)
9/7:上杉持朝(52:相模守護、扇谷上杉氏当主)
9/9:山名教豊(44:宗全嫡子)

備考、詳細はこちら "文正二~応仁元年(1467)" »

応仁二年(1468)

主な出来事
3/15:東軍の骨皮道賢が西軍の食糧補給路を断つ。(「戦争の日本史9」)
7/10:斯波義廉、管領を罷免され、細川勝元が就任する。
9/20:足利義政、朝倉孝景に東軍誘引の御内書を送る。 
9/22:足利義視が上洛し、東軍の陣中に入る。義視、将軍義政に諌書を送り、義政の許にいる「邪徒」三人を退けるように求める。これに義政、機嫌を損ねる。
閏10/16:将軍足利義政、伊勢貞親の復帰を命じる。
閏10/25:西軍の朝倉孝景、子の氏景を京都に残し、越前に下向する。
11/13:足利義視、比叡山に脱出する。
11/23:足利義視、西軍の斯波義廉の邸に入る。
12/5:朝廷、足利義視以下、西軍に投じた公家十人の官位を剥奪し、治罰の院宣を下す。

死没
・少弐教頼(?:少弐氏当主)
3/21:骨皮道賢(?:細川勝元配下の足軽大将)
11/11:有馬元家(60:赤松氏庶流)

備考、詳細はこちら "応仁二年(1468)" »

文明年間

文明十五年(1483)

主な出来事
・少弐政資、肥前国綾部城の渋川万寿丸を攻め、筑前国に追う。(「戦争の日本史12」)
1月:幕府、山城国守護職に武田国信を任じるべく、候補として打診するが、畠山義就が南山城を占拠している状況では任を全うするのは困難であるとして辞退される。(「戦争の日本史9」)
8月:畠山政長が、畠山義就を朝敵とする綸旨を手に入れる。(「戦争の日本史11」)

備考、詳細はこちら "文明十五年(1483)" »

文明十六年(1484)

主な出来事
・豊後、筑後守護大友政親が家督を子の義右に譲る。(「戦争の日本史12」)

備考、詳細はこちら "文明十六年(1484)" »

長享年間

文明十九年~長享元年(1487)

主な出来事
6/25:堀越公方足利政知の子、香厳院清晃(後の義澄)が上洛して足利義政と対面する。(「戦争の日本史9」)
7/20:長享に改元する。
9/12:将軍足利義尚、近江守護六角高頼征伐のために出陣する。加賀守護富樫政親らが将軍に従う一方、守護大名の多くが出兵に反対し、子息を代官として義尚に同行させる。

生誕
・横田高松(?:甲斐武田家臣)

死没
・渋川万寿丸(?:筑前亀尾城主)
11/9:小鹿範満(?:駿河今川氏一族)

備考、詳細はこちら "文明十九年~長享元年(1487)" »

長享三~延徳元年(1489)

主な出来事
3/26:将軍足利義尚、近江国鈎で陣没する。(「戦争の日本史9」)
8/13:足利義政、中風で倒れる。
8/21:延徳に改元する。

死没
3/26:足利義尚(25:室町幕府九代将軍)

備考、詳細はこちら "長享三~延徳元年(1489)" »

延徳年間

長享三~延徳元年(1489)

主な出来事
3/26:将軍足利義尚、近江国鈎で陣没する。(「戦争の日本史9」)
8/13:足利義政、中風で倒れる。
8/21:延徳に改元する。

死没
3/26:足利義尚(25:室町幕府九代将軍)

備考、詳細はこちら "長享三~延徳元年(1489)" »

延徳二年(1490)

主な出来事
1/7:前将軍足利義政が死去し、足利義視、義材親子が、日野富子の料所を没収する。(「戦争の日本史9」)
7/5:足利義材、征夷大将軍に任じられる。細川政元、儀式のため、この日のみ管領に就任する。

死没
1/7:足利義政(55:室町幕府八代将軍)
3/18:小田治孝(?:常陸の小田成治の嫡男)
4/25:佐竹義治(48:常陸佐竹氏当主)
10/7:日野良子(?:足利義材の母、富子の妹)
12/12:畠山義就(55?:持国の子)

備考、詳細はこちら "延徳二年(1490)" »

明応年間

明応八年(1499)

主な出来事
1/30:畠山基家が、尚順方に追いつめられ、切腹して果てる。(「戦争の日本史11」)
2月:大内家中で義興の弟大護院尊光を擁立せんとの企てが発覚し、家臣の杉武明が自害し、大護院尊光は豊後に出奔する。(「戦争の日本史12」)
9月:畠山尚順が摂津天王寺に進出する。
11/16:足利義尹(義材)が近江坂本に進出する。
11/22:足利義尹が、細川政元方の六角高頼に敗れて河内に逃れる。
12月:細川政元が、摂津で畠山尚順を破り、これを紀伊へ追い落とす。


死没
1月:山名政豊(59:山名氏総領)
1/30:畠山基家(31:河内守護、義就の子)
2月:杉武明(?:大内家臣)
3/25:本願寺蓮如(85:本願寺八世法主)

備考、詳細はこちら "明応八年(1499)" »

明応九年(1500)

主な出来事
11/13:幕府が奉公衆摂津元親の加賀国倉月庄内中大浦村の所領を富樫泰高の押領を否定して安堵する。(「戦争と日本史14」)

死没
河野通直(?:伊予国守護)
9/28:後土御門天皇(59)

備考、詳細はこちら "明応九年(1500)" »

文亀年間

文亀二年(1502)

主な出来事
8月:冷泉為広、後柏原天皇の歌道師範、和歌所宗匠に任じられる。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
9月:細川政元が、九条政基の次男九郎(澄之)を養子とする。(「戦争の日本史11」)

備考、詳細はこちら "文亀二年(1502)" »

文亀四~永正元年(1504)

主な出来事
2/30:永正に改元する。
9/27:立河原の合戦 ○上杉朝良、今川氏親、伊勢宗瑞vs上杉顕定、足利政氏●
12/18:畠山尚順と義英が会見の上、和睦を締結する。(「戦争の日本史11」)


死没
2/15:菊池能運(23:肥後国守護)
9/20:薬師寺元一(28:摂津守護代)
9/27:長野房兼(?:上野国人?)

備考、詳細はこちら "文亀四~永正元年(1504)" »

永正年間

文亀四~永正元年(1504)

主な出来事
2/30:永正に改元する。
9/27:立河原の合戦 ○上杉朝良、今川氏親、伊勢宗瑞vs上杉顕定、足利政氏●
12/18:畠山尚順と義英が会見の上、和睦を締結する。(「戦争の日本史11」)


死没
2/15:菊池能運(23:肥後国守護)
9/20:薬師寺元一(28:摂津守護代)
9/27:長野房兼(?:上野国人?)

備考、詳細はこちら "文亀四~永正元年(1504)" »

永正九年(1512)

主な出来事
7/7:古河公方足利政氏が古河を退去し、下野の小山成長を頼る。代わって足利高基が古河に入る。(「戦争と日本史10」)

死没
3月:芳賀高勝(?:下野宇都宮家臣)

備考、詳細はこちら "永正九年(1512)" »

大永年間

大永七年(1527)

主な出来事
・武田信虎と今川氏が和睦する。「走馬」にて国中に触れる。
2/13:桂川の合戦 ○細川晴元vs細川高国●
2/14:足利義晴、細川高国ら、京都を脱出する。
3/22:足利義維、細川六郎が堺に進出する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
4/27:幕府が武田信虎に上洛を促す。
10/13:足利義晴、細川高国、六角定頼、朝倉教景らが入京する。(「戦争の日本史11」)


生誕
吉江景資(上杉家臣)

死没
佐伯惟治(?:大友家臣)
6/24:織田信秀母(?:)

備考、詳細はこちら "大永七年(1527)" »

大永八年~享禄元年(1528)

主な出来事
・細川晴元、三好元長を山城国守護代に任ずる。(「天文法華の乱」)
5/14:細川高国が、近江に退去する。(「戦争の日本史11」)
5/28:足利義晴が、近江坂本に退去する。
7月:安芸国門山に在陣していた大内義興が病を得て周防国山口へ帰国する。(「戦争の日本史12」)
8/20:享禄に改元する。
8月晦日:境川の合戦 ○諏訪頼満vs武田信虎●

生誕
魚住景固(朝倉~織田家臣)
北畠具教
佐久間信盛(織田家臣)

死没
2/14:山名誠豊(?:但馬守護)
12/20:大内義興(52:室町幕府管領代、周防、長門、安芸、石見、豊前、筑前、山城国守護)

備考、詳細はこちら "大永八年~享禄元年(1528)" »

享禄年間

享禄四年(1531)

主な出来事
3月:細川高国が、備前の浦上村宗の協力を得て、上洛する。
4/12:川原辺の合戦 ○武田信虎vs諏訪、反信虎国人衆●
・諏訪勢は八百余の戦死者を出して大敗する。
6/4:天王寺の合戦 ○細川晴元、三好元長vs細川高国、浦上村宗●~浦上村宗は討死する。
6/8:細川高国が、三好元長方に捕縛され、自害して果てる。(「戦争の日本史11」)

死没
2/2:大井信業(大井信達の子)
3/16:曾根縄長(甲斐武田家臣)
6/4:浦上村宗(?:備前国人)
6/8:細川高国(48)
11/18:蓮慶(加賀松岡寺)、下間頼宣(?:加賀松岡寺付きの本願寺坊官)

備考、詳細はこちら "享禄四年(1531)" »

享禄五年~天文元年(1532)

主な出来事
5/19:畠山義尭、飯森山城に立て籠る木沢長政を包囲する。(「天文法華の乱」)
6/5:本願寺法主証如光教ら首脳部が山科から石山に下向し、摂津、河内、和泉三ヶ国の門徒に飯森山城救援を指示する。
6/20:一向宗門徒、10万の大軍で堺を包囲攻撃し、三好元長が切腹して果てる。
7/29:天文に改元する。
8/23:細川、六角、法華一揆の連合軍が山科本願寺を包囲攻撃する。
8/24:山科本願寺が焼き討ちされる。
9月:今井信元、武田信虎に降伏し、武田信虎による甲斐国統一が達成される。


生誕
大石綱元(上杉家臣)
武田信廉(信玄弟)
温井景隆(越中国人)

死没
1/22:柳本神二郎(19:賢治の子)
6/17:畠山義尭(?)
6/20:三好元長(32:長慶の父)

備考、詳細はこちら "享禄五年~天文元年(1532)" »

天文年間

天文十三年(1544)

主な出来事
・毛利元就、家督を長男隆元に譲る。(「戦争の日本史12」)
2/12:冷泉為和、駿河に到着する。今川義元、老齢の為和を案じ、13日開催の月次歌会を15日に延期する。(「武士はなぜ歌を詠むか」)
11月:安芸国人竹原小早川氏に毛利元就三男徳寿丸(隆景)が養子として入る。


生誕
9/11:竹中重治(美濃菩提山城主、羽柴秀吉の参謀)

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死没
7月末:宇山広信(?:備後国人)
9/22:織田信康(?:信秀弟)、青山与三衛門(?:織田家臣)、千秋季光(?:織田家臣、熱田社大宮司)

備考、詳細はこちら "天文十三年(1544)" »

天文二十年(1551)

主な出来事
3/14:京都の伊勢貞孝の邸での酒宴の席で、三好長慶が奉公衆の進士九郎に襲撃される。長慶は三度、刀で突かれるも難を逃れ、九郎を討ち取る。その後、京都を離れて山崎へ退去する。(「戦争の日本史11」)
5月:真田幸綱が、信濃戸石城を攻略する。(「真田幸綱・昌幸・信幸・信繁―戦国を生き抜いた真田氏三代の歴史」)
5/5:河内守護代遊佐長教が、高屋城にて暗殺される。
8/1:長尾景虎、謀叛した房景、政景親子に最後通告し、降伏を促す。(「上杉景勝のすべて」)
8/28:大内家臣陶隆房、主君義隆に対して挙兵して、山口に攻め込む。義隆は法泉寺に脱出する。(「戦争の日本史12」)
9/1:大内義隆、大寧寺で自刃する。

生誕
三好義継(十河一存の子、三好長慶の養子)

死没
1/22:那須高資(?:政資の子、資胤の兄)
5/5:遊佐長教(61:河内守護代)
8/20:武田信隆(?:上総真里谷武田氏、椎津城主)
9/1:大内義隆(45:周防、長門、石見、豊前、筑前国守護)
9/2:大内義尊(7:義隆の子)
9月以降?:杉興運(?:大内家臣、筑前守護代)

備考、詳細はこちら "天文二十年(1551)" »

弘治年間

弘治二年(1556)

主な出来事
・松平竹千代が、今川義元の元で元服し、松平次郎三郎元信を称する。(「江戸大名家血族事典」)
4/20:長良川の合戦 ●斎藤道三vs斎藤義龍○
9月:尼子軍が石見国山吹城を攻略し、石見銀山を占拠する。(「戦争の日本史12」)


生誕
1/6:藤堂高虎(伊勢津藩祖)



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死没
山名理興(?:備後神辺城主)
4/20:斎藤道三(?:美濃稲葉山城主)
6月:織田安房守(?:信長異母兄)
8/23:林美作守(?:織田信勝家老)

備考、詳細はこちら "弘治二年(1556)" »

弘治三年(1557)

主な出来事
4/3:毛利元就が大内義長を長福院で自害させ、大内氏が滅亡する。
8月:第三次川中島合戦 ▲武田晴信vs長男景虎▲


生誕
織田信忠(信長嫡男)
堀秀村(近江鎌刃城主)



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死没
杉重輔(?:大内家臣)
織田信成(22?:信長弟、通称信行)
4/2:内藤隆世(22:大内家臣)
4/3:大内義長(26:大内氏当主)
7/11:秋月文種(36:筑前古処山城主)

備考、詳細はこちら "弘治三年(1557)" »

永禄年間

永禄四年(1561)

主な出来事
・織田信長が、尾張守護斯波義銀を尾張から追放する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
3/30:三好義興が、自邸に将軍足利義輝を招く。細川氏綱、三好長慶をはじめ、諸将が太刀を義輝に献上する。(「戦争の日本史11」)
閏3月:長尾景虎が、関東管領に就任し、上杉政虎を名乗る。
5月:細川晴元が、三好長慶と和睦して摂津富田の晋門寺に入る。
9/4:第四回川中島合戦 △上杉政虎vs武田信玄△
11/5:大友軍が門司城攻略を諦め、撤退し、これを毛利軍が追撃して勝利する。(「戦争の日本史12」)
12月:上杉政虎が、将軍義輝より一字を賜り、輝虎を名乗る。

生誕
吉川広家(吉川元春三男)

死没
3/18:十河一存(30:三好元長四男、長慶の弟)
4/6:正木時茂(39:安房里見家臣)
5/11:斎藤義龍(35:美濃稲葉山城主)
6月:小幡虎盛(57or71?:甲斐武田家臣)
7/13:島津忠将(42:貴久弟)

備考、詳細はこちら "永禄四年(1561)" »

永禄六年(1563)

主な出来事
1/27:将軍足利義輝が吉川元春に宛てて毛利、大友両氏の和睦締結に尽力するよう要請する。(「戦争の日本史12」)
3/1:細川晴元が死去する。(「戦争の日本史11」)
8/4:毛利隆元が安芸国佐々部で急死する。
10/13:毛利元就、出雲白鹿城を攻略する。城兵は出雲国へ退去し、城将松田誠保は隠岐へ逃れる。
12/20:細川氏綱が死去する。

死没
3/1:細川晴元(50:細川京兆家当主、澄元の子)
8月:三好義興(22:長慶の子)
8/4:毛利隆元(41:元就嫡子、周防・長門・安芸・備後・備中守護)
12月:多田満頼(甲斐武田家臣)
12/20:細川氏綱(51:室町幕府最後の管領)



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備考、詳細はこちら "永禄六年(1563)" »

元亀年間

永禄十三年~元亀元年(1570)

主な出来事
・北條氏康が、七男氏秀を人質として上杉輝虎の元に送る。
1/23:
・織田信長が、朝山日乗と明智光秀に宛てた五箇条の条書を足利義昭に承認させる。同時に近国の大小名に上洛を要請する。(「織田信長文書の研究 上巻」)
・織田信長が、畿内近国の諸大名に対して朝廷、幕府の為に上洛を命じる。
4/20:織田信長が若狭に向かって出陣する。(「戦争の日本史13」)
4/23:元亀に改元する。
4/25:織田信長が佐柿城を出陣して越前に侵攻し、手筒山城を攻略する。森可隆が討ち死にする。
4/28:織田信長が金ヶ崎城を発ち、京都へ向けて撤退を開始する。
4/30:織田信長、京都に帰陣する。
6月:徳川家康、岡崎城を嫡子信康に譲り、自身は浜松城に移る。
6/28:姉川の合戦 ○織田信長、徳川家康vs浅井長政、朝倉景建●
8/20:
・織田信長、三好三人衆を討伐するため、岐阜を出陣する。
・今山の合戦 ○龍造寺隆信、鍋島信昌(直茂)vs大友宗麟、親貞●
8/23:織田信長が入京する。
9月:大友宗麟と龍造寺隆信が和睦を締結する。(「戦争の日本史12」)
9/12:夜半、石山本願寺が織田信長に対して挙兵する。
9/19:浅井長政、朝倉義景の連合軍が近江坂本に進出し、宇佐山城を攻撃し、森可成を討ち取る。(「信長と消えた家臣たち」)
9/23:織田信長が、浅井、朝倉軍の動向を知り、摂津の陣を引き払い、京都へ向かう。
12/13:
・織田信長と朝倉義景、浅井長政が講和し、織田勢が比叡山麓から撤退する。
・上杉輝虎、春日山城看経所に越中平定の祈願文を納める。この時から「謙信」を名乗る。(「上杉景勝のすべて」)
12/15:朝倉義景、浅井長政ら、比叡山を下りて撤退する。

生誕
初姫(浅井長政次女、京極高次正室)
森忠政(可成六男)

死没
4/25:森可隆(19:可成の長子)
8/20:大友親貞(?:豊後大友一族)
9/19:森可成(48:織田家臣)
11/12:赤松政秀(?:播磨龍野城主)
11/21:織田信興(?:信長弟)
11/26:坂井政尚(?:織田家臣)

備考、詳細はこちら "永禄十三年~元亀元年(1570)" »

元亀四年~天正元年(1573)

主な出来事
2月:将軍足利義昭が、近江の石山、今堅田の砦に兵を送り、織田信長に対して挙兵する。(「信長と消えた家臣たち」)
2月中旬:武田信玄が三河野田城を攻略する。(「戦争の日本史13」)
2/17:武田軍が三河から撤退を開始する。
3/29:織田信長が入京する。
4/7:織田信長と足利義昭が、正親町天皇の仲介で和睦する。
4/12:武田信玄が信濃駒場で死去する。
7/3:足利義昭が山城槙島城に立て籠もって挙兵する。
7/9:織田信長が入京し、妙覚寺に着陣する。
7/18:織田信長が、山城槙島城を攻略、将軍足利義昭は子を人質に出して退去する。
7/28:天正に改元する。
8/4:織田信長、岐阜に帰国する。
8/13:刀根坂の戦い ○織田信長vs朝倉義景●
8/20:朝倉義景、一族の景鏡に裏切られ、賢松寺で自害する。
8/27:羽柴秀吉が小谷城京極丸を占拠し、小丸の浅井久政を攻撃して自害させる。
9/1:織田信長が小谷城を攻略し、浅井長政は切腹して果てる。
9月:織田信長、伊勢長島を攻める。
10/25:織田信長が北伊勢から撤退する。
11/5:
・毛利氏の斡旋で足利義昭の処遇について羽柴秀吉、安国寺恵慧らが会談するも決裂する。
・足利義昭が河内若江城から堺へ移る。
11/10:織田信長が上洛する。

生誕
小督姫(浅井長政三女、徳川秀忠正室)
中条三盛(上杉家臣、景泰の子)

死没
小山高朝:(67:下野榎本城主)
和田惟政:(「定本常山紀談 上」)←元亀二年(1571)の誤り
1/1:村上義清(73:上杉家臣)
4/12:武田信玄(53)
6/25:畠山昭高(40)
7/16:篠原長房(?:三好家臣)
8/14:斎藤龍興(26:義龍の子)、河合吉統(53:朝倉家臣)、山崎吉家(?:朝倉家臣)、
8/20:朝倉義景(41)
8/27:浅井久政(48:長政の父)
9/1:浅井長政(29:近江小谷城主)
10/15:島津勝久(71:貴久の養父)
11/16:三好義継(23:河内若江城主)

備考、詳細はこちら "元亀四年~天正元年(1573)" »

天正年間

天正十年(1582)

主な出来事
3/11:武田勝頼が、天目山田野にて自刃し、甲斐武田氏が滅亡する。
5/29:織田信長が入京する。
6/2:本能寺の変 ○明智光秀vs織田信長、信忠●
6/13:山崎の合戦 ○羽柴秀吉vs明智光秀●
6/18、19:神流川の合戦 ○北條氏政、氏直vs瀧川一益●
6/27:清洲会議で織田信長の後継者を嫡孫三法師とする。
8/28:中富川の合戦 ○長宗我部元親vs十河存保●

生誕
・清浄院(水野忠重娘、加藤清正正室)
・黒田熊之助(黒田孝高の次男)

死没
1/9:宇喜多直家(53:備前岡山城主)
1/23:土橋守重(?:紀伊雑賀衆の指導者の一人)
3月:長坂虎房(長釣斎光堅:甲斐武田家臣)
3/2:仁科盛信(26:信玄五男)
3/7:武田信廉(51:信玄弟)
3/11:武田勝頼(37)、信勝(15)、跡部勝資(35?:武田家臣)
3/24:小山田信茂(43:武田家臣)
6/2:織田信長(49)、信忠(26)、森成利(18)、長隆(17)、長氏(16)

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6/3:山本寺景長(?:上杉家臣)、吉江宗信(78:上杉家臣)、安部政吉(?:上杉家臣)、石口広宗(?:上杉家臣)、若林家長(?:上杉家臣)、亀田長乗(?:上杉家臣)、藤丸勝俊(?:上杉家臣)、蓼沼泰重(?:上杉家臣)、寺崎長資(?:上杉家臣)、吉江信景(?:上杉家臣)、竹俣慶綱(59:上杉家臣)、中条景泰(25:上杉家臣)
6/4:清水宗治(36:備中高松城主)
6/8:安藤守就(80:美濃北方城主)
6/14:明智光秀(55?)
6/24:温井景隆(51:能登国人)
9月:新開道善(?:阿波牛岐城主)
10/8:細川真之(45:阿波茨ヶ岡城主)
10/27:江馬輝盛(飛騨国人)
11月:一宮成祐(?:阿波一宮城主)

備考、詳細はこちら "天正十年(1582)" »

天正二十年~文禄元年(1592)

主な出来事
1/5:太閤豊臣秀吉が、諸大名に朝鮮半島~中国大陸への出兵を命じる。
3/26:太閤豊臣秀吉、朝鮮出兵のために京都を発つ。この時、小田原出陣の吉例として、淀殿と松の丸殿を伴う。(「北政所と淀殿」)
5/3:小西行長らが京城に入城する。(「戦争の日本史16」)
7/22:豊臣秀吉が、生母大政所の病を知り、名護屋を発って京都へ向かう。大政所はこの日、京都で死去する。
12/8:文禄と改元する。


より大きな地図で 文禄・慶長の役 を表示
文禄・慶長の役要図(製作途中)


生誕
松平忠輝(徳川家康六男)

死没
6/17:梅北国兼(?:島津家臣)
7/22:豊臣仲(80:豊臣秀吉の母、大政所)
9/9:豊臣秀勝(24:豊臣秀吉の甥、秀次の弟、岐阜城主)
9/末:小西立佐(?:小西行長の父、堺奉行)
9/10:色部長実(40:上杉家臣)

備考、詳細はこちら "天正二十年~文禄元年(1592)" »

文禄年間

天正二十年~文禄元年(1592)

主な出来事
1/5:太閤豊臣秀吉が、諸大名に朝鮮半島~中国大陸への出兵を命じる。
3/26:太閤豊臣秀吉、朝鮮出兵のために京都を発つ。この時、小田原出陣の吉例として、淀殿と松の丸殿を伴う。(「北政所と淀殿」)
5/3:小西行長らが京城に入城する。(「戦争の日本史16」)
7/22:豊臣秀吉が、生母大政所の病を知り、名護屋を発って京都へ向かう。大政所はこの日、京都で死去する。
12/8:文禄と改元する。


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文禄・慶長の役要図(製作途中)


生誕
松平忠輝(徳川家康六男)

死没
6/17:梅北国兼(?:島津家臣)
7/22:豊臣仲(80:豊臣秀吉の母、大政所)
9/9:豊臣秀勝(24:豊臣秀吉の甥、秀次の弟、岐阜城主)
9/末:小西立佐(?:小西行長の父、堺奉行)
9/10:色部長実(40:上杉家臣)

備考、詳細はこちら "天正二十年~文禄元年(1592)" »

文禄四年(1595)

主な出来事
7月:太閤豊臣秀吉、病床に付く。上杉景勝が見舞いのために上洛する。(「上杉景勝のすべて」)
7/3:豊臣秀吉と、関白豊臣秀次との対立が表面化、秀吉が謀反の疑いで、聚楽第へ詰問の使者を送り、秀次の伏見出頭を命じる。
7/8:豊臣秀次が伏見城に出頭するも、秀吉との面会も叶わずまま、関白、左大臣の官職を剥奪され、高野山行きを命じられる。
7/15:豊臣秀吉の使者として、福島正則、福原長堯、池田秀雄らが高野山に派遣され、秀次に切腹を命じる。同日、秀次は切腹して果てる。
8/2:関白豊臣秀次の妻子39名が、三条河原にて斬首される。
8/3:徳川家康、前田利家、宇喜多秀家、毛利輝元、小早川隆景、上杉景勝が、連署して公家武家の法を制定する。
8/19:但馬出石城主前野長康、景定親子が切腹して果てる。
9/17:伏見城にて、徳川秀忠と小督姫の婚儀が行われる。(「北政所と淀殿」)

生誕
10/18:毛利秀就(輝元の嫡子、萩藩祖)

死没
木曽義昌(55)、渡瀬繁詮(41:豊臣秀次家臣)、明石則実(?:豊臣秀次家臣)、一柳直秀(?:可遊、伊勢桑名城主)
2/7:蒲生氏郷(40:会津若松城主)
4/16:豊臣秀保(17:大和郡山城主、豊臣秀次の弟)
7月:服部一忠(?:伊勢松阪城主)、
7/15:豊臣秀次(28:関白)、木村重茲(?:山城淀城主)、木村高成(?:重茲の子)、
8/19:前野長康(68:但馬出石城主)、前野景定(?:長康の子)

備考、詳細はこちら "文禄四年(1595)" »

慶長年間

慶長七年(1602)

主な出来事
・島津忠恒が、薩摩に匿っていた宇喜多秀家を徳川家康に引き渡す。秀家の身柄は駿河久能山に預けられる。(「戦争の日本史17」)
5/1:京都で二条城の築城工事が始まる。(「北政所と淀殿」)

生誕
鷹司孝子(徳川家光正室)
初姫(徳川秀忠四女、京極忠高室)
3/7:徳川頼宣(家康十男、紀伊藩徳川家初代)

死没
・徳川長丸(秀忠長男)
2/1:井伊直政(42:彦根城主)
8/11:伊集院忠真(27:忠棟の子)
9/12:樋口兼豊(?:上杉家臣、直江兼続の父)
10/18:小早川秀詮(21:岡山城主)
12/12:織田信高(?:織田信長の子)

備考、詳細はこちら "慶長七年(1602)" »

慶長十八年(1613)

主な出来事
12月:幕府がキリシタン禁教令を発令する。(「島原の乱」)

死没
1/25:池田輝政(50:姫路藩主)
6/3:山之手殿(?:真田昌幸妻、信幸、信繁母)
8/25:浅野幸長(38:紀伊藩主)
11/25:竹俣利綱(上杉家臣)
12/20:本庄繁長(75:上杉家臣)

備考、詳細はこちら "慶長十八年(1613)" »

元和年間

元和四年(1618)

主な出来事
・徳川忠長に甲斐一国が与えられ、従四位下左少将に任じられる。(「江戸大名家血族事典」)
7/13:上杉景勝が、米沢城において家臣に法令11ヶ条を令し、軍備を整え、合戦に備える。(「上杉景勝のすべて」)

備考、詳細はこちら "元和四年(1618)" »

元和十~寛永元年(1624)

主な出来事
2/30:寛永に改元する。

死没
6/6:織田信貞(51:信長の子)
9/6:高台院(77:豊臣秀吉の正室)

備考、詳細はこちら "元和十~寛永元年(1624)" »

寛永年間

寛永十六年(1639)

主な出来事
7月:幕府が、ポルトガルとの国交を断絶する。(「島原の乱」)

備考、詳細はこちら "寛永十六年(1639)" »

寛永十九年(1642)

主な出来事
・林羅山が「豊臣秀吉譜」を編纂する。(「消された秀吉の真実-徳川史観を越えて/a>」)

正保年間

正保四年(1647)

死没
徳川亀松(5:徳川家光の子)

正保五~慶安元年(1648)

主な出来事
2/15:慶安に改元する。

死没
徳川鶴松(2:徳川家光の子)

慶安年間

正保五~慶安元年(1648)

主な出来事
2/15:慶安に改元する。

死没
徳川鶴松(2:徳川家光の子)

慶安五~承応元年(1652)

主な出来事
9/18:承応に改元する。

生誕
9/4:徳川綱誠(尾張徳川家三代、二代光友二男(嫡出のため長男として扱われる))

死没
12/2:宝樹院(33:徳川家綱の母)

承応年間

慶安五~承応元年(1652)

主な出来事
9/18:承応に改元する。

生誕
9/4:徳川綱誠(尾張徳川家三代、二代光友二男(嫡出のため長男として扱われる))

死没
12/2:宝樹院(33:徳川家綱の母)

承応四~明暦元年(1655)

主な出来事
4/13:明暦に改元する。

生誕
・定姫(広幡忠幸娘、尾張藩二代徳川光友養女、久留米藩主有馬頼元継室)

明暦年間

承応四~明暦元年(1655)

主な出来事
4/13:明暦に改元する。

生誕
・定姫(広幡忠幸娘、尾張藩二代徳川光友養女、久留米藩主有馬頼元継室)

明暦四~万治元年(1658)

主な出来事
7/23:万治に改元される。

生誕
2/1:伝姫(徳川綱吉側室、瑞春院)

万治年間

明暦四~万治元年(1658)

主な出来事
7/23:万治に改元される。

生誕
2/1:伝姫(徳川綱吉側室、瑞春院)

万治三年(1660)

生誕
・園姫(広幡忠幸娘、尾張藩二代徳川光友養女、備後三次藩主浅野長照室)

寛文年間

寛文七年(1667)

主な出来事
・紀伊藩主徳川頼宣が、家督を長男光貞に譲る。(「江戸大名家血族事典」)

寛文十一年(1671)

死没
1/10:徳川頼宣(69:紀伊藩主、家康十男)

延宝年間

延宝七年(1679)

生誕
・徳川徳松(将軍綱吉の長男)

延宝九~天和元年(1681)

主な出来事
・尾張藩主徳川光友の次男義行に信濃国高井に三万石が新知として与えられる。(「江戸大名家血族事典」)
9/29:天和に改元する。

天和年間

延宝九~天和元年(1681)

主な出来事
・尾張藩主徳川光友の次男義行に信濃国高井に三万石が新知として与えられる。(「江戸大名家血族事典」)
9/29:天和に改元する。

天和二年(1682)

生誕
7/25:松平頼致(松平頼純四男、伊予西条藩主~後の紀伊藩主徳川宗直)

貞享年間

貞享二年(1685)

生誕
月光院(徳川家宣側室、家継生母)

貞享五~元禄元年(1688)

主な出来事
9/30:元禄に改元する。

生誕
深徳院(大久保忠直娘、徳川吉宗側室、九代将軍家重生母)

元禄年間

元禄二年(1689)

生誕
9/17:徳川吉通(尾張藩三代徳川綱誠十男、尾張藩四代藩主)

元禄十一年(1698)

主な出来事
4/22:紀伊藩主徳川光貞が、家督を長男綱教に譲り、隠居する。(「江戸大名家血族事典」)

宝永年間

宝永五年(1708)

死没
11/28:芳心院(79:紀伊藩主徳川頼宣長女、鳥取藩主池田光仲正室)

宝永八~正徳元年(1711)

主な出来事
・松平友著(尾張藩主徳川光友十一男)が、一万五千石を与えられて川田久保松平家として分家する。
4/25:正徳に改元する。
11月:松平頼致が、伊予西条藩主に就任する。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
1/9:徳川五郎太(尾張藩四代徳川吉通長男、尾張藩五代藩主)
10/19:徳川増子(伏見宮邦永親王の皇女、九代将軍家重の正室)
12/21:徳川家重(八代将軍吉宗長男、九代将軍)

死没
10/7:松平頼純(71:紀伊藩主頼宣三男、伊予西条藩主)

正徳年間

正徳四年(1714)

主な出来事
・松平通温(尾張藩主吉通弟)が左近衛権少将に任官する。

正徳五年(1715)

主な出来事
・尾張藩主綱誠の十五男義孝が、高須藩主松平義行の養子となり、家督を相続する。


生誕
12/27:徳川宗武(徳川吉宗二男、田安徳川家初代)

死没
8/3:松平義行(60:美濃高須藩主、尾張藩主徳川光友次男)

享保年間

享保十一年(1726)

生誕
8/4:桂香院(紀伊藩主徳川宗直五女久姫、鳥取藩主池田宗泰正室)

享保二十年(1837)

主な出来事
4/23:紀伊藩主徳川宗直の次女、利根姫が将軍吉宗の養女となる。(「江戸大名家血族事典」)
5/7:将軍吉宗の養女、利根姫と仙台藩世子伊達宗村との婚約が成立する。(「江戸大名家血族事典」)
11/28:将軍吉宗の養女、利根姫と仙台藩世子伊達宗村との婚礼が執り行われる。(「江戸大名家血族事典」)

元文年間

元文二年(1737)

生誕
5/22:徳川家治(家重長男、第十代将軍)
12/1:松平義当(尾張藩主徳川宗勝五男、七代目美濃高須藩主)

元文四年(1739)

主な出来事
1/12:幕府が、尾張藩主徳川宗春に蟄居謹慎を命じる。(「江戸大名家血族事典」)
1/13:美濃高須藩主、松平義淳が尾張藩を相続する。高須藩は義淳三男の義敏が継ぐ。(「江戸大名家血族事典」)
2/3:尾張藩主徳川義淳が、従三位右近衛権中将に任じられ、将軍吉宗から一字を賜り、名を宗勝に改める。

生誕
9/7:井上正国(尾張藩主徳川宗勝十男、井上正森養子、六代目下総高岡藩主)

死没
2/14:本寿院(?:尾張藩四代吉通生母)

寛保年間

元文六~寛保元年(1741)

主な出来事
2/27:寛保に改元される。
8月:将軍徳川家重の長男竹千代が元服して、家治を名乗る。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
3/10:内藤頼多(尾張藩主徳川宗勝十二男、信濃高遠藩主内容頼由養子)

死没
2/28:天英院(76:徳川家宣正室近衛熙子)

備考、詳細はこちら "元文六~寛保元年(1741)" »

寛保三年(1743)

主な出来事
・紀伊藩主徳川宗直五女の久姫(桂香院)が、鳥取藩主池田宗泰に嫁ぐ。(「江戸大名家血族事典」)

延享年間

延享二年(1745)

主な出来事
9/25:徳川吉宗が、将軍職を子の家重に譲り、自らは隠居して大御所となる。(「江戸大名家血族事典」)

死没
閏12/16:雲松院(29:紀伊藩主徳川宗直次女、将軍吉宗養女、仙台藩主伊達宗村正室)

備考、詳細はこちら "延享二年(1745)" »

延享三年(1746)

生誕
2/28:徳川重倫(紀伊藩主徳川宗将次男、第八代紀伊藩主)
11/15:内藤貞幹(紀伊藩主徳川宗直六男、第六代陸奥湯長谷藩主)

寛延年間

寛延四~宝暦元年(1751)

主な出来事
10/27:宝暦に改元する。

生誕
9/16:内藤学文(紀伊藩主徳川宗将の四男、挙母藩主内藤政苗養子)

死没
6/20:徳川吉宗(68:八代将軍)

宝暦年間

宝暦三年(1753)

主な出来事
7/29:伊予西条藩主松平頼邑が、養子の頼淳に家督を譲って隠居する。(「江戸大名家血族事典」)


生誕
10/7:徳川治休(第九代尾張藩主徳川宗睦長男)

宝暦五年(1755)

主な出来事
3/22:尾張藩主徳川宗勝十男松平勝斯が、下総高岡藩主井上正森の養子となり、正国を名乗る。

生誕
3/7:松平頼謙(紀伊藩主徳川宗将六男、伊予西条藩主)

明和年間

宝暦十四~明和元年(1764)

主な出来事
6/2:明和に改元する。
9/28:紀伊藩主徳川宗将四男政養が、挙母藩主内藤政苗の養子となる。(「江戸大名家血族事典」)

死没
10/8:徳川宗春(69:尾張藩七代藩主)

明和七年(1770)

主な出来事
10/29:日向延岡藩主内藤政陽が隠居し、家督を養子の政脩(尾張藩主徳川宗勝十四男)に譲る。

安永年間

安永三年(1774)

主な出来事
8/15:美濃高須藩主松平義柄が将軍徳川家治に御目見する。
12/18:美濃高須藩主松平義柄が従四位下侍従・摂津守に叙任する。

備考、詳細はこちら "安永三年(1774)" »

安永六年(1777)

主な出来事
・徳川重倫次男岩千代が、九代藩主治貞の養子となる。(「江戸大名家血族事典」)
1/25:美濃高須藩主松平義柄が、尾張藩主徳川宗睦の養子となり、徳川治行を名乗る。高須藩は治行の実弟松平義裕が相続する。

天明年間

天明三年(1783)

主な出来事
・播磨にて、黒田職隆の墓所が確認され、福岡藩によって整備が実施される。(「黒田官兵衛:「天下を狙った軍師」の実像」)
5/2:紀伊藩主徳川宗将七男忠功が、桑名藩主松平忠啓の婿養子となる。(「江戸大名家血族事典」)

天明八年(1788)

主な出来事
3/22:下総高岡藩主井上正国が、奏者番に任じられる。

寛政年間

天明九~寛政元年(1789)

主な出来事
1/25:寛政に改元する。
3/24:井上正国が、奏者番を辞任する。
12/2:徳川治宝が、紀伊藩主に就任する。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
淑姫(十一代将軍徳川家斉の長女、尾張藩主徳川斉朝室)

死没
相姫(?:紀伊藩主徳川宗直九女、京極宮公仁親王継室)
8/19:竹腰勝起(52:尾張藩主徳川宗勝八男、尾張藩家老、六代目美濃今尾領主)
9/4:三浦為修(31:紀伊藩家老、紀伊藩主徳川宗将八男)
10/26:徳川治貞(62:紀伊藩主)

寛政三年(1791)

主な出来事
3/7:下総高岡藩主井上正国が、養子の正紀(尾張藩家老竹腰勝紀)に家督を譲る。

死没
8/13:井上正国(52:尾張藩主徳川宗勝十男、下総高岡藩主)

享和年間

享和二年(1802)

主な出来事
・将軍徳川家斉の子である允胎法如院が流産する。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
舒姫(将軍徳川家斉九女)

死没
亨姫(2:将軍徳川家斉八女)
5/10:松平忠和(44:桑名藩主、紀伊藩主徳川宗将九男)

享和三年(1803)

主な出来事
・将軍徳川家斉の子、御血荒が流産する。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
徳川時之助(将軍徳川家斉八男)
寿姫(将軍徳川家斉十女)
浅姫(将軍徳川家斉十一女、尾張藩主徳川斉承室)

死没
舒姫(2:将軍徳川家斉九女)

文化年間

文化九年(1812)

生誕
4/4:池田斉衆(将軍徳川家斉十三男、鳥取藩主池田斉稷養子)

文化十五~文政元年(1818)

主な出来事
4/22:文政に改元する。

生誕
徳川陽七郎(将軍徳川家斉十八男)
喜代姫(将軍徳川家斉二十五女、姫路藩主酒井忠学室)

死没
達姫(5:将軍徳川家慶長女)

文政年間

文政七年(1824)

生誕
6/6:紀伊藩主徳川治宝が隠居して家督を養子の斉順に譲る。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
米姫(将軍徳川家慶四女)
3/15:徳川慶勝(高須藩主松平義建次男、尾張藩第十四代、十七代藩主)
4/8:徳川家定(将軍徳川家慶四男、第十三代将軍)

死没
11/16:安藤道紀(66:紀伊田辺藩主、紀伊藩主徳川宗将十男)

文政八年(1825)

生誕
・精姫(有栖川宮韶仁親王王女、将軍徳川家慶養女、久留米藩主有馬頼咸室 )
・一条秀子(一条忠良十四女、将軍徳川家定継室)
3/9:松平斉宣(将軍徳川家斉二十六男、播磨明石藩主松平斉韶養子)
3/14:徳川慶昌(将軍徳川家慶五男、一橋徳川斉位養子)

天保年間

天保二年(1831)

生誕
5/2:徳川茂徳(高須藩主松平義建三男、高須~」尾張~一橋藩主)

天保十三年(1842)

主な出来事
・将軍徳川家慶の養女精姫が、久留米藩主有馬頼咸に嫁ぐ。(「江戸大名家血族事典」)

生誕
若姫(将軍徳川家慶十一女)

弘化年間

弘化二年(1845)

主な出来事
3/25:尾張藩主徳川斉荘が、田安徳川斉匡の七男匡賢(後の慶臧)を養子に迎える。
8/25:徳川匡賢が、尾張藩主となる。

生誕
徳川田鶴若(将軍徳川家慶十二男)

死没
・鐐姫(2:将軍徳川家慶十二女)
7/6:徳川斉荘(36:将軍徳川家斉十二男、尾張藩主)
8/4:鶴樹院(45:紀伊藩主徳川治宝七女、紀伊藩主徳川斉順正室)

弘化五~嘉永元年(1848)

主な出来事
・将軍徳川家慶に十三女鋪姫が誕生するも、生後七ヶ月で夭折する。(「江戸大名家血族事典」)
2/28:嘉永に改元する。

死没
鋪姫(1:将軍徳川家慶十三女)
6/10:鷹司任子(26:将軍徳川家定正室)

備考、詳細はこちら "弘化五~嘉永元年(1848)" »

嘉永年間

弘化五~嘉永元年(1848)

主な出来事
・将軍徳川家慶に十三女鋪姫が誕生するも、生後七ヶ月で夭折する。(「江戸大名家血族事典」)
2/28:嘉永に改元する。

死没
鋪姫(1:将軍徳川家慶十三女)
6/10:鷹司任子(26:将軍徳川家定正室)

備考、詳細はこちら "弘化五~嘉永元年(1848)" »

嘉永四年(1851)

主な出来事
4/27:皇女和宮が、有栖川宮熾仁親王と婚約する。(「江戸大名家血族事典」)

安政年間

安政四年(1857)

主な出来事
9月:武市半平太が、祖母の病によって江戸から土佐へ帰国する。(「坂本龍馬」)
10/3:江戸の土佐藩邸にて、武術大会が行われる。坂本龍馬や長州藩の桂小五郎が参加する。(「坂本龍馬」)

安政六年(1859)

主な出来事
9月:幕府が、土佐藩前藩主山内豊信に謹慎を命じる。(「坂本龍馬」)
10/13:紀伊藩主徳川頼久が元服し、茂承に改名する。(「江戸大名家血族事典」)

万延年間

安政七~万延元年(1860)

主な出来事
・幕臣勝海舟ら遣米使節が、威臨丸にて渡米する。(「坂本龍馬」)
3/3:桜田門外の変で大老井伊直弼が水戸、薩摩藩浪士に討たれる。(「坂本龍馬」)
3/18:万延に改元される。

死没
3/3:井伊直弼(46:幕府大老、彦根藩主)
5/18;松平義端(3:美濃高須藩主)

備考、詳細はこちら "安政七~万延元年(1860)" »

万延二~文久元年(1861)

主な出来事
・ロシア軍艦対馬占領事件が起きる。(「戦争の日本史19」)
2/19:文久に改元する。
8月:武市瑞山が、江戸で土佐勤王党を結成する。(「坂本龍馬」)

備考、詳細はこちら "万延二~文久元年(1861)" »

文久年間

文久二年(1862)

主な出来事
1月:武市瑞山が、坂本龍馬を長州に派遣する。(「坂本龍馬」)
1/14:土佐から坂本龍馬が長州藩の久坂玄瑞を訪ねる。(「坂本龍馬」)
3/24:土佐藩士、坂本龍馬が脱藩する。(「坂本龍馬」)
4/23:寺田屋事件が起きる。(「坂本龍馬」)
7/6:一橋慶喜が、将軍後見職に任じられる。(「江戸大名家血族事典」)
12月:会津藩主松平容保が京都守護職に着任する。(「坂本龍馬」)

死没
4/8:吉田東洋(47:土佐藩士)

備考、詳細はこちら "文久二年(1862)" »

文久三年(1863)

主な出来事
5/10:長州藩が、下関沖合いを通過する外国船への砲撃を開始する。(「坂本龍馬」)
6月:長州藩が奇兵隊を設立する。
7月:薩英戦争が起こる。(「戦争の日本史18」)
8/18:薩摩、会津藩を中心とする公武合体派が、長州藩を中心とする攘夷派を京都から追放する。
12/30:一橋慶喜、松平春嶽、山内容堂、伊達宗城、松平容保が、朝廷より参預に任じられる。

死没
5/20:姉小路公知(25:公家、従四位下国事参与)
5/26:田中新兵衛(22:薩摩藩士)
6/8:平井収二郎(28?:土佐藩士)、間崎哲馬(30:土佐藩士)、弘瀬健太(28:土佐藩士)
9/27:吉村虎太郎(27:土佐藩士、天誅組)

備考、詳細はこちら "文久三年(1863)" »

元治年間

文久四~元治元年(1864)

主な出来事
2/20:元治に改元する。
3月:参預会議が解体する。(「坂本龍馬」)
6/5:池田屋事件が起こる。(「坂本龍馬」)
7/19:禁門の変 長州藩勢が、敗退する。(「戦争の日本史18」)
7/23:長州藩追討の命が下される。(「坂本龍馬」)
8月:下関戦争で、下関に築いた長州藩の砲台が列強の艦隊の砲撃で、ことごとく破壊される。
11月:第一次長州征伐が行われる。(「坂本龍馬」)
11/18:征長総督徳川慶勝が、長州藩主戦派三家老の首を実検する。(「坂本龍馬」)
12/16:下関で高杉晋作が挙兵する。(「坂本龍馬」)

死没
6/5:望月亀弥太(土佐藩浪士)
7/19:久坂玄瑞(25:長州藩士)
7/21:真木保臣(52:久留米藩士)、

備考、詳細はこちら "文久四~元治元年(1864)" »

元治二~慶応元年(1865)

主な出来事
1/24:幕府が参勤交代制度を旧に戻す。(「坂本龍馬」)
4/7:慶応に改元する。
9/21:長州藩再征の勅許が決せられる。(「坂本龍馬」)
10/5:列強諸国との通商条約が勅許される。(「戦争の日本史18」)

死没
5/11:岡田以蔵(28:土佐藩士)

備考、詳細はこちら "元治二~慶応元年(1865)" »

慶応年間

慶応二年(1866)

主な出来事
1/22:薩長同盟が成立する。(「坂本龍馬」)
1/24:伏見寺田屋に宿泊する坂本龍馬を、幕府役人が襲撃する。脱出した龍馬は、薩摩藩邸に逃げ込む。(「坂本龍馬」)
6/7:第二次長州戦争が始まる。(「坂本龍馬」)
7/20:将軍徳川家茂が死去する。
12/5:一橋慶喜が、十五代将軍に就任する。(「坂本龍馬」)
12/25:孝明天皇が崩御する。

死没
1/14:上杉宗次郎(29:亀山社中、前名近藤長次郎)
7/20:徳川家茂(徳川第十四代征夷大将軍)
12/25:孝明天皇(36)

備考、詳細はこちら "慶応二年(1866)" »

慶応三年(1867)

主な出来事
5月:薩摩、越前、土佐、宇和島藩による四侯会議が決裂する。(「戦争の日本史18」)
6/22:薩摩藩と土佐藩が盟約を結ぶ。(「日本政治史1」)
10/14:
・薩長藩主宛の倒幕の密勅が、正親町三条実愛、中山忠能に宛てて薩摩藩の大久保利通、長州藩の広沢真臣に下される。
・将軍徳川慶喜が、大政奉還を上奏する。
11/15:坂本龍馬、中岡慎太郎が、京都近江屋にて暗殺される。(「坂本龍馬」)
12/7:兵庫、大坂港が列強に開かれる。
12/9:
・岩倉具視が参内して、王政復古の宣言が行われる。
・小御所会議にて徳川慶喜の将軍職辞職と辞官納地を求めることに決する。
12/25:幕府の命を受けた庄内藩勢らが、薩摩藩邸を包囲攻撃する。

死没
11/15:坂本龍馬(33:土佐藩士)
11/17:中岡慎太郎(30:土佐藩士)

備考、詳細はこちら "慶応三年(1867)" »

明治年間

明治四十三年(1910)

主な出来事
8/22:日韓併合(「戦争の日本史20」)

明治四十四年(1911)

主な出来事
10月:清国で辛亥革命が起こる。(「戦争の日本史22」)

大正年間

大正二年(1913)

死没
精姫(88:有栖川宮韶仁親王王女、将軍徳川家慶養女、久留米藩主有馬頼咸室 )
11/22:徳川慶喜(77:十五代将軍)

大正十五~昭和元年(1926)

主な出来事
・中国で内戦が始まる。(「戦争の日本史22」)
12/25:大正天皇が崩御し、昭和に改元する。

死没
12/25:大正天皇(47)

昭和年間

昭和五十七年(1982)

死没
3/19:ランディ・ローズ(25:QUIET RIOT~OZZY OSBOURNEのギタリスト)

備考、詳細はこちら "昭和五十七年(1982)" »

昭和六十一年(1986)

死没
1/6:フィル・ライノット(36:ミュージシャン)

平成年間

平成十八年(2006)

主な出来事
8/15:小泉純一郎首相が、靖国神社に参拝する。(「戦争の日本史22」)

平成二十三年(2011)

主な出来事
3/11:東北地方太平洋沖地震が発生する。

死没
2/6:ゲイリー・ムーア(58:ギタリスト)






















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