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中川清秀

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天格数=7 人格数=14 地格数=18 外格数=11 総画数=25

戦国武将。摂津(現在の大阪府)の地侍で茨木城主。織田信長に取り立てられた守護、荒木村重の重臣であった。

天正6(1578)年、主君村重が信長に反旗を翻すと信長に降伏、本能寺の変時には池田恒興の与力になっていたと思われ、共に羽柴秀吉に協力して明智光秀討伐に活躍する。

翌天正11(1583)年、賤ヶ岳の戦いに際して秀吉軍の大岩山砦に陣取るが、佐久間盛政の襲撃を受け、勇戦奮闘するも戦死。42歳。

ちなみに後のことになるが、長子の秀政も朝鮮で討ち死にしている。次子の秀成以降はは豊後(現在の大分県)岡藩主として明治維新まで存続している。