佐々成政
| 佐 | 々 | 成 | 政 |
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戦国武将。
織田信長の家臣で豪勇の将として知られる。鉄砲隊の指揮に巧みだったようだ。
また、富山城主時代は治水事業に取り組むなど、領主としても優れた手腕を発揮したらしい。
前田利家と競わされるように出世し、本能寺の変時には柴田勝家配下として、利家が能登、成政は越中を領していた。
信長の死後、その後継者の座についた秀吉と2度に渡って対抗する。
その際、徳川家康を説得するため、自ら冬の日本アルプスを越えて富山から浜松に赴いた事が記録され、これは日本の山岳旅行史、冒険史上の偉業とも言われている。
秀吉に屈服後はその側に侍る身であったが、九州平定後、肥後(現在の熊本県)の領主に抜擢される。ところが、秀吉の意に反した政策を取った事から領内で一揆を勃発させてしまい、所領没収、尼崎で切腹させられてしまった。52才。
余談だが、その後の秀吉の行動を見るに、秀吉は成政を朝鮮出兵の先陣に宛てるつもりであったと思われ、個人的には織田家中屈指の野戦指揮者である成政が渡海していたら…などと想像するだに恐ろしく思う。
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