~人間考察ブログ・ランキング

メイン | 足利直義 »

明智光秀

8 12 6 7
天格数=20 人格数=18 地格数=13 外格数=15 総画数=33

戦国武将(享禄元(1528)年~天正10(1582)年)、美濃(現在の岐阜県)国の守護、土岐氏の支族と伝えられているが、その前半生に関しては不明な点が多い。

永禄年間(1558~1569)末に織田信長に仕えて以降、頭角を現し、近江坂本(現滋賀県大津市)城主として、丹波一国を領するほどに出世するも、天正10(1582)年6月2日、突如謀反して織田信長を京都本能寺に暗殺した。

しかし、そのわずか11日後、山崎の戦で羽柴秀吉に敗れ、逃走中を土民に討ち取られてしまった。

ちなみに天正三年から「惟任光秀」と名乗っており、突然の謀反と死に関しては、こちらの画数から来る性格が関わっていると考えられます。